心の風景

タグ:心理

何ですか?今日のタイトル?と思われた方。

今日は、心理学の「依存と共依存」について書きますから、心理なんて興味ないよという方はスルーしてくださいね。

依存いう言葉をご存知の方は多いと思いますが、共依存は見慣れない言葉ではないかと思います。

じゃ共依存って何?ということですが「他者に必要とされる=自分の存在意義」という人間関係そのものに依存する嗜癖状態のことをいいます。

共依存者といわれる方は心理的特徴があり、その根底には「虚無感」があるといわれています。

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その虚無感を払拭するため、他者に尽くすことによって自らの「虚無感」を埋めようとします。

ザックリいってしまうと感謝されたくて意図的に行動する方や「良い人」と思われるよう意図的に行動する方ですね。

嫌われたくないという心理から「良い人」でいようとする方もいますが、そういう方は共依存者ではありません。

共依存者は、自分の存在価値を満たすために尽くすだけで、尽くすとは「耳触りのいい表現」ですが、この手の方は、人の世話を焼きたがる割に誠実さに欠け策謀的な点が目立ちます。

共依存者の特徴には、他人の後始末や責任代行をしてしまい自分の人生を生きることができないというものもあります。

比較的女性に多く親子や夫婦関係で「私が何とかして上げなきゃ」という方に当てはまるかと思いますが、これも程度問題で相手を「突き放せる」人であれば共依存者ではありません。

依存性の高い人に「過剰にかまう」ことは、依存心を増長させる(つけ上がらせる)だけだということを知ることが大事です。

女優の三田佳子さんと息子さんの関係などが、それに当てはまるかと思います。

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依存症というのは「何かにはまってほどほどでやめられない」ことであり、自分で自分をコントロールできない状態になることです。

アルコール依存症、薬物依存症、ニコチン依存症、ギャンブル依存症(パチンコなど)、買い物依存症、恋愛依存症、ネット依存症などがあげられます。

これらにハマってノメり込んでしまうのは、日ごろから信頼する人や家族に受け入れられていないという思い(寂しさ)があり孤独を感じている方に見られる傾向です。

そして、その根底には、劣等感があり「その現状から逃れよう」と夢中になった対象に傾倒していきます。 (ストーカーというのも、その実態は依存症です)

不思議なもので、この劣等感というのも他者から見れば「まるでそうではない」ことだったりします。

綺麗な女性がトンデモなダメンズに引っかかったりするのも「自分に対する無価値観」からというのも少なくありません。

美しいから幸せになれるわけではないし、そもそも論として「美しさ」は人それぞれで、自分の価値を自分で認めることこそが大切なんです。

依存症を克服するには、対象から「距離を置く」と同時に心の状態と向き合う必要があるので、問題を解決する側も問題を作る側から離れる必要があるわけです。

しかし、冒頭に書いたように、共依存者は「自身の無価値観」から世話を焼きたがるため相互の依存関係から抜け出すことが難しい。

相手を思うというのは、相手を成長させるものだと私は思います。

相手の成長に必要であれば、厳しい態度を取る勇気も必要になる。

甘やかすことは、自分で考え自分で判断し、自分で責任を持つことを放棄させるからです。

依存、共依存というレベルでなくても、相手の成長のために手や口を出さず、見守ること、自分でさせることは大事なことだと思います。

自分で出来たとき、それが「その人の自信」へと繋がっていくからです。




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今日は孔子の論語をご紹介。

ちょっとブログ空いたねと思っている読者の皆さまには、これから空くときが増えそうですとお伝えしておかなくてはなりません。

ツイッター用垢を作成したので、家のことや仕事(技術系)もありでブログとの両立が難しいからです。

まだ準備段階で順次、以前フォローしてくださっていた方からフォローを始めていますので、ブログでの公開はないかも知れません。

面白いのはフォローしていただいている方をフォローしてもいるのですが気づかれない…

そして、フォローバックされない…ツイッターのフォローって、そんなところがありますよね?

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というわけで、まずは孔子の論語。


位(くらい)なきことを患(うれ)えず、

立つ所以(ゆえん)を患う。 

己を知ること莫(な)きを患えず、

知らるべきことを為すを求む。


(訳文)

地位が低いことを悩むより、

実力がないことを悩め。

人が認めてくれないことに悩むより、

認められる力をつけることに

心を使いなさい。


他人の評価が気になる。

他人から認めてもらいたい。

評価してもらいたい。

孔子の時代も今も変わらない。

そういう悩みを持つ人間は少なくないのかもしれませんね。

認められれば、地位や肩書きができる。

そして、そこには「力」が生まれる。

しかし、その「力」には責任が伴わなくては意味がないと思いますね。

大切なことは、その肩書きや地位のない、フォロワーのいない、力を失ったときの自分となったときに「自分がいるか」どうかです。

基本的に「目立ちたい」方は、心理学的にいえば「自分に自信がない」方だったり「寂しがり屋」というケースが少なくない。
 
自己顕示欲の強さは、裏を返せば「自分に自信がない」ということだったりする。 

それゆえに、人から注目されたいし、他者に「必要」とされることが「自分の存在価値」に繋がっているわけで、派手なパフォーマンスとは裏腹に、実は、自分に自信がないという方だったりします。

こういう連中は「ナルシシスト」であり、自己愛性人格障害の傾向が強いメンドクサイ人間ですが、こういう連中に共感して縁を結ぶ方も「根っこが同じ」ですね。 

他者の評価を気にするなんて止めた方がいいですよ。

移ろいでいく人の気持ちを留めさせようとか、誰それがどうだからと他人の評価で動くのはオススメしません。

私が、あなた(読者の皆さま)にオススメしたいのは、一人になっても「やってやる!」という「自分」を作り上げていくことです。

今日、ご紹介した孔子の論語には、他人の評価ではなく自分に「力をつけいくことに心を使うべき」だということが語られています。

何を主眼にして生きるかというのがとても大事なことではないでしょうか?

そして、皆さまには、再度、岡本太郎氏の言葉をご紹介したいと思います。


意志を強くする方法なんてありはしない。

そんな余計なことは考えるな。

君はほんとうは激しく生きたいんだよ。

だから”死”が目の前に迫ってくる。

それはとても正常なことだ。 

自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。

なければなおいい、今まで世の中で能力とか才能なんて思われていたものを超えた、決意の凄みを見せてやるというつもりで、やればいいんだよ。

むしろ、能力がないほうが素晴らしいんだと平気で闘えば、逆に能力がひらいてくる。

ぼくは、特別力が強いわけでもない、金をそんなに持っているわけでもない。

頭脳だってそれほど優秀じゃないかもしれない。

つまり、さまざまのマイナスの面を背負っている。

でも、マイナスの面が大きければ大きいほど、逆にそれと反対の最高にふくれあがったものを自分に感じるわけだ。

弱い、なら、弱いままのありのままで進めばいいじゃないか。 

他人が笑うまいが自分で自分の歌を歌えばいいんだよ。

歌に限らず他人の判断ばかりを気にしていては本当の人間としての責任がもてない。

もし自分がヘマだったら、”ああ、おれはヘマだなあ”と思えばいいじゃないか。  

よく”一流好み”の人がいるが、それはつまりただ世間の、他人の評価をウノミにしてありがたがっていることだろう。

誰がなんといおうと、三流だろうが、五流だろうが、自分のいいと思うものはいい、という態度を貫かなければ”ほんもの”なんかわかりゃしないよ。

一流だから知りたい、好きになりたいなんていう、さもしい根性を持たずに、自分の本当に感動する人間を探し、つかまえるんだね。

その発見のポイントに世の中全体にその価値を認めさせるように、きみ自身、力を尽くせばいい。

そうすると世界が変わってくるよ。

自分自身を責めることで慰め、ごまかしている人が、意外に多いんだよ。

そういうのは甘えだ。

惨めな根性だと思うね。

何かすごい決定的なことをやらなきゃ、なんて思わないで、そんなに力まずに、チッポケなことでもいいから、心の動く方向にまっすぐに行くのだ。

失敗してもいいから。

1度失敗したなら、よしもう1度失敗してやるぞ、というぐらいの意気込みでやることが大切なんだ。

うじうじと考える必要はない。

すべてのマイナスをプラスの面でつらぬけば、マイナスだと思っているものがプラスになって転換してくる。 

ほんとうの調和というのは、お互いに意見をぶっつけ、フェアにぶつかりあうこと。

誰もが、あえて出る釘になる決意をしなければ、時代はひらかれない。


 
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誰かに助けを求めたいとき、信頼のおける相手が身近いれば相談できます。

あなたを気にかけ何かと力になってくれる家族・友人・仲間がいれば、 悩み、迷いながらも、支えられていることに力を得て乗り越えていける。

しかし、そういう方が身近にいないと感じている方は「誤った選択」をする。

人間の弱い心は、悪い状況にあるときほどいい加減で安易なものにすがったりするものです。

不安や悩みがあるときほど、そういう選択をしてしまうものですが、それによって更に悪い方向へ進むことがよくある。

経済的な問題から安易に知り合いに借金をしてしまう方がいますが、返せないときは友人も信用も失うことになります。

消費者金融などに手をつける方は自己破産することになる場合もあります。

また、原因不明や医師に見放された病に苦しむ方は、霊感商法などの詐欺に引っかかりやすい。

孤独、不安、悩み、迷いが大きいほど何かにすがりたいのが人間心理です。

女性が占いなどにハマる心理も同じです。

芸能界で名前の通った方が占い師によって大変な状況に陥ったことは皆さまもご存知でしょう。

よく知りもしない相手が自分ために言っているのか自分の利益へ誘導しているのか?ということを、冷静に判断できないと「溺れる者は藁をも掴む」という諺があるように、それは藁であって溺れてしまう…

良くない状況のときに結ぶ「縁」は、更に宜しからぬ状況へ流れるものです。

運の話には「流れに乗る」とか「流れに身を任せる」と書く方が多いですが、流れというのはあると思います。

けれど、本流に乗る人は「流されない」ものです。

本流というのは静かで穏やかな流れではなく、むしろ激流だと思います。

中島みゆきさんの曲に「宙船(そらふね)」という歌がありますが、私はこの歌が好きで口ずさんだりするのですが、この歌詞を観ていると、この人はこの世の人なのだろうか…と考えることがあります。

中島みゆきさんの「宙船」の歌詞を書いておきます。

その船を漕いでゆけ
おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に
おまえのオールをまかせるな 
その船は今どこに
ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで
ボロボロで進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み
船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ
おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に
おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と
忘れているのか
その船は舞い上がるその時を
忘れているのか
地平の果て
水平の果て
そこが船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも  
その船を漕いでゆけ
おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に
おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ
何を裁く秤(はかり)なんだ
何を狙って付き合うんだ
何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ
何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ
何が船を動かすんだ

その船を漕いでゆけ
おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に
おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ
おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に
おまえのオールをまかせるな

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甘えは人の歩みを阻み、それは、濃い霧のように目の前を曇らせて迷いを深めます。

迷ったときは、迷いの中から一つに絞り込んでいくことが迷いから離れる方法です。

目の前のことに集中し一点に心血を注いでいくと迷いの霧は晴れていきます。

現象に捉われ、一喜一憂する方は流されやすい。

物事の上辺だけを見ると、流れの先にあるモノが何かという想像力が欠落する。

事の成否は人知を越えたところにあるのではないでしょうか?

決断力や判断力の欠如はチャンスを掴むタイミングをも外す。

チャンスの神様には前髪しかないといわれるように、チャンスにはタイミングがあるのではないかと思います。

前髪しかないというチャンスの神様、そのモデルは「フォルトゥナ」だと思われます。

フォルトゥナ(Fortuna, フォーチュナ)は、ローマ神話に伝えられる、運命の女神。
運命の車輪を司り、人々の運命を決めるという。
英語の「Fortune」の語源とされ、ギリシア神話ではテュケー (Tyche) と呼ばれる。
運命を操るための舵を携えており、運命が定まらないことを象徴する不安定な球体に乗り、 幸運の逃げやすさを象徴する羽根の生えた靴を履き、 幸福が満ちることのないことを象徴する底の抜けた壺を持っている。
また、チャンスは後からでは掴めないということを表しているために、 フォルトゥナには後ろ髪がなく前髪しかないとされているが、 最近ではすべての髪を前で束ねているイメージに変わっている。 (wikipedia)


チャンスを掴むことができる人は、漫然と日々を過ごしてはいない。

本流に乗る人は流されたりはしないものです。



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今日は、また心理の話です。

心理って、あまり関係ないと思っているかも知れませんが、偏向報道、流行。

これらは、人の心理を巧みに操って購買意欲を掻き立てたり、捏造した歴史やウソを刷り込むことで、真実のように錯覚させていくものです。


ミスリード、共同通信だけではありませんよね。

池上彰の番組もゴールデンで何度も流されている。

 なので、心理と社会問題は一緒に考えていく方が良いと思います。

というわけで、心理について書いていきます。

ちなみに、拙ブログでは心理を取り上げる際は、依存に関する記事を書いています。

意外に多い依存症。

現代社会は、何かと依存しやすい環境にあると思います。

まあ程度問題ですが、拙ブログを見てご自身をチェックをされてみるのも面白いかも知れません。

過剰な期待をして行動する方は、自分が期待したような反応を相手がしてくれないと不機嫌になったり落ち込んだりします。

こういう方は、依存心もかなり強い。

誰かに頼ったり、助け合い、励まし合い、支え合うことはあると思います。

しかし、自分を理解して欲しいだけ。

何とかして欲しいだけ。

こういう方は、依存を根っこにして動いている。

だから、相手の「本性」が見えない。

カルト・宗教・詐欺師など妙な連中に引っかかりやすい方も、この手のタイプです。

哲学思想カテゴリでは「愛されると信じる」「愛されているイメージ」というフレーズをよく目にしますが…男運が悪い方の根っこは同じです。

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こういう方は、自己評価が低い割りに自分を伸ばそうという努力はしたがらない。

そのくせ、相手には「高望み(白馬の王子様がいつか現れる)」をしています。

現れませんよ、そんな都合のいい人。

基本的に、願う、信じる、委ねる、流されるという「自己不在」の行為は「依存心」を強め、自分から何かを行動できない人間にしていきます。

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去年からツィッターを始めて、SNSにもその傾向が見られると分かりました。

観ていると、一日中SNSをやっているような方もいてネット依存症ではと疑いたくなります… 

愛や愛国を叫ぶのも結構ですが、ご自身の家庭は守れているのか?と疑問に思います。 

家庭、学校や職場、ご近所付き合いは円滑にできているのかと心配にさえなりますね。

何かに傾倒して抜けられないというのは何かに没頭する集中するとは異なるものです。
 
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大切にしなくてならないものが多ければ、限られた時間の中でやりくりしていく必要はあります。

優先順位をつけなければ、知らないうちに依存していくことになりかねない。

現代社会は、そうした依存をビジネスにしているケースも少なくありません。

ご自身の「中心にあるものが何か?」によって方向性は決まるのです。 

最後に、心理学について少し書いておきますが、アドラー(心理学者)は、意味は状況によって決定されるのではなく、われわれが状況に与える意味によって「自らを決定する」と定義しました。

それは、物事というのは、人それぞれが違う意味づけを行うことで「主観的に見ている」ということであり、自分なりの「意味づけ」が自分の「性格」や「生き方」を決めている。

主体性というのは、とても大切だと思います。

誰かや何かではなく、ご自身で考え決めていかれること。

それが、後悔の少ない選択であり、自分の人生を背負っていくということは大切なことだと思います。



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今日は、ツイッターを見ていて気になることがあるので心理について書きますね。


SNSには検証もなく憶測や噂が何万もリツリートされることがあります。


善意によって事実ではないことが、何万も拡散されてしまうんです。
 
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このような拡散は、ネットデマとして左翼に馬鹿にされネトウヨが嘘を拡散しているなどと書かれています。

 
ツイッターは瞬く間に拡散されていくので、勢いがつけば留まることなく何万もリツリートされる。


ブログなども検証せずに内容をアップする方もいるため、それを参照されると同じ現象がおきてしまいます。


そして、それらの背景に「思い込んできたこと」や「すり込まれた価値観」があります。


それは、思考の癖として習慣になっているものです。
 

潜在意識は、自らが受け入れたことで蓄積し培った「価値観」を持つだけですから、同じことを繰り返す傾向がある方というのは、そういう感情や思考の癖がついているんですね。


無意識は、習慣化(構築)された脳のシステムなので、流されやすい方は、自分の感情や思考の癖を一度よく考えてみられてはいかがでしょう?


思い込みの恐いところは、良くも悪くもソコに向かって進むことです。


憶測や噂が2万リツリートされることも、その実、「絶対◯◯に違いない!」というバイアスが掛かってしまっている訳です。


バイアスが掛かってしまうと、それ以外に考えられなくなります。


そして、自分の思う方へ勝手に進んでいきます。


詐欺、カルト、視えない世界などに引っかかるときも同じです。


バイアスが掛かってしまうと、自分に都合の良い情報だけを集めようとするようになり「冷静」に物事を見れなくなり、嫌な相手の事実には興味を持たず「正論」も無視するようになる。


自分が選択したモノへの拘りが、事実にバイアスをかけ歪んだ情報収集をさせるんですね。


人間というのは、基本的に「理屈」よりも、好き嫌いの「感情」で物事を判断しやすい生き物です。


だから、好意を抱いている相手の発言は信じようとするし、嫌いな相手の発言は、事の是非に関係なく信じようとしない。


何を聞いても、悪い方にしか受け取らない。


だから、説得や理屈や論理的な解説などは相手に伝わりにくい方法なんですね。


感情に訴える作為的印象操作などは、相手をコントロールするには好都合です。


印象操作は、左派メディアや野党の常套手段ですよね。


どのように印象操作が作られているのかは、政治に明るい方であればよくご存知のはずです。


しかし、そんな方たちでさえ、瞬く間に流れていくツイッターでは、正確な情報を流せていないことがあるということを知ってほしいと思います。


詐欺も同じ手法です。


時間のない中で、相手の思い込みを利用する。


拡散されている情報は、必ずしも悪意から出たものではありませんが、もし悪意をもって流す方がいた場合も同じことがおきてしまう可能性は否めません。


ネットには、釣り投稿、狂言投稿などもあります。


人・団体の名誉を損なうもの、犯罪に関するものなどは、投稿を鵜呑みにして反応するのではなくニュースソースや情報源を確認してリツイート、引用をしてください。


場合によっては、「名誉毀損」で訴えられ、民法上の損害賠償責任を負う可能性もあるのです。


正確な情報の拡散のためにも、好き嫌いの感情で物事を判断せず、思い込みがないか?ご自分に問う癖をつけていただくよう願います。 



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