心の風景

タグ:心理

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位(くらい)なきことを患(うれ)えず、
立つ所以(ゆえん)を患う。 
己を知ること莫(な)きを患えず、
知らるべきことを為すを求む。

(訳文)

地位が低いことを悩むより、
実力がないことを悩め。
人が認めてくれないことに悩むより、
認められる力をつけることに
心を使いなさい。


他人の評価が気になる。
他人から認めてもらいたい。
評価してもらいたい。

孔子の時代も今も変わらない。
認められれば、地位や肩書きができる。

そして、そこには「力」が生まれる。
しかし、その「力」には責任が伴わなくては意味がないと思いますね。

大切なことは、その肩書きや地位のない、フォロワーのいない、力を失ったときの自分となったときに「自分がいるか」どうかではないかと思います。

基本的に「目立ちたい」者は、自分に自信がなかったり、寂しがり屋というケースが少なくない。
 
自己顕示欲の強さは、裏を返せば「自分に自信がない」ということだったりする。 

それゆえ人から注目されたいし、他者に「必要」とされることが「自分の存在価値」に繋がっている。

派手なパフォーマンスとは裏腹に、実は自分に自信がない。

こういう連中は「ナルシシスト」であり、自己愛性人格障害の傾向が強いメンドクサイ人間で、共感して縁を結ぶ者も根っこが同じ。 

他者の評価を気にするなんて止めた方がいい。

一人になっても「やってやる!」という「自分」を作り上げていくことです。

今日、ご紹介した孔子の論語には、他人の評価ではなく自分に「力をつけいくことに心を使うべき」だということが語られています。

何を主眼にして生きるかというのがとても大事なことではないでしょうか?

そして、再度、岡本太郎氏の言葉をご紹介したい。


意志を強くする方法なんてありはしない。

そんな余計なことは考えるな。

君はほんとうは激しく生きたいんだよ。

だから”死”が目の前に迫ってくる。

それはとても正常なことだ。 

自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。

なければなおいい、今まで世の中で能力とか才能なんて思われていたものを超えた、決意の凄みを見せてやるというつもりで、やればいいんだよ。

むしろ、能力がないほうが素晴らしいんだと平気で闘えば、逆に能力がひらいてくる。

ぼくは、特別力が強いわけでもない、金をそんなに持っているわけでもない。

頭脳だってそれほど優秀じゃないかもしれない。

つまり、さまざまのマイナスの面を背負っている。

でも、マイナスの面が大きければ大きいほど、逆にそれと反対の最高にふくれあがったものを自分に感じるわけだ。

弱い、なら、弱いままのありのままで進めばいいじゃないか。 

他人が笑うまいが自分で自分の歌を歌えばいいんだよ。

歌に限らず他人の判断ばかりを気にしていては本当の人間としての責任がもてない。

もし自分がヘマだったら、”ああ、おれはヘマだなあ”と思えばいいじゃないか。  

よく”一流好み”の人がいるが、それはつまりただ世間の、他人の評価をウノミにしてありがたがっていることだろう。

誰がなんといおうと、三流だろうが、五流だろうが、自分のいいと思うものはいい、という態度を貫かなければ”ほんもの”なんかわかりゃしないよ。

一流だから知りたい、好きになりたいなんていう、さもしい根性を持たずに、自分の本当に感動する人間を探し、つかまえるんだね。

その発見のポイントに世の中全体にその価値を認めさせるように、きみ自身、力を尽くせばいい。

そうすると世界が変わってくるよ。

自分自身を責めることで慰め、ごまかしている人が、意外に多いんだよ。

そういうのは甘えだ。

惨めな根性だと思うね。

何かすごい決定的なことをやらなきゃ、なんて思わないで、そんなに力まずに、チッポケなことでもいいから、心の動く方向にまっすぐに行くのだ。

失敗してもいいから。

1度失敗したなら、よしもう1度失敗してやるぞ、というぐらいの意気込みでやることが大切なんだ。

うじうじと考える必要はない。

すべてのマイナスをプラスの面でつらぬけば、マイナスだと思っているものがプラスになって転換してくる。 

ほんとうの調和というのは、お互いに意見をぶっつけ、フェアにぶつかりあうこと。

誰もが、あえて出る釘になる決意をしなければ、時代はひらかれない。


 ※2018年8月の記事再掲

今日は、また心理について書きますが、興味のない方はスルーしてくださいね。

現代人は、PCやスマホを見る時間が長く目からの刺激が強いため、交感神経と副交感神経の切替がうまくできなくなっている方や夜寝付けない眠りが浅い方が増えています。


そこで、原因が心因性であっても、とにかく身体を動かした方が質の良い眠りにつけることを書いておきたいと思います。


習慣的かつ継続的に運動をすると、寝つきが改善されることはよく知られていることですが、眠りが浅い方にも有効だというデータが出ています。


人は身体も頭も一日よく使っていれば夜グッスリ眠れるようにできていますから、午後から夕方にかけて身体を動かすと効果的だといわれています。


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なので、眠れないとお悩みの方は身体を動かす習慣をつけていきましょう。


また、ストレスを抱えた方の中には我慢強い人が多いのですが、その中に「キレるまで我慢する」タイプの方がいます。


そういう方は、1/100人くらいの割合でいるといわれ、特に子供に多い傾向にあります。


子供の場合、自分の感情をうまくコントロールできずにストレスを溜め込んでしまうのですが、「キレるまで我慢してしまう」タイプは、感受性が強く他者の反応に敏感な子供です。


これは、生まれ持ったものもありますが、幼少期に親や周囲の顔色を見て育った人などに多く見られる傾向でもあります。


では、なぜキレるまで我慢してしまうのでしょう?


実は、答えは、かなりシンプルで「自分のいいたいことをいえない」からなんですね。


どこで「自分の気持ち」を正直に伝えていいのか分からないからです。


子供のころに親にうまく甘えられなかった場合や周囲の大人や親が子供の感情の面倒をみない場合、子供は自分の感情を自分でコントロールするしかありません。


学習するというのは、ストレスや感情のコントロールも同じなんですね。


大人が「こうするんだよ」「こうしたら良いよ」と寄り添うことで学習していくのですが、周囲にそういう大人がいなかった子供は、うまく感情のコントロールができないまま大人になってしまう場合があるんですね。


甘えたくても甘えられなかったり、悲しいことがあって泣いていたら、叩かれたり、叱られたりして、自分の正直な感情を疎ましがられてしまった子供は、自分がどうしたら良いかの判断が難しいものとなるからです。


もちろん、同じ境遇であっても自分の感情をうまくコントロールできるようになる子もいますけどね。


近年では、腸内環境が悪い方も同じ症状が出ることが医学的に解明されてきたこともあり、糖質過多な食事や炭水化物偏重な方は、キレやすく疲れやすい。

なので、そういう食生活の方は、まずは食生活を改善すべきです。


さて、話を戻しますが、過剰なストレスというのは攻撃性に変わります。


抑圧された感情は、攻撃性を他者に向けることで鬱積した感情を発散しようとします。


そのような形で「自分の内面をコントロールしよう」とする訳です。


ですから、外に「攻撃性」が向かえばキレるなどの行為によって物を壊したり暴力に訴えたりするのですが、この「攻撃性」が内に向かうと、自分自身を攻撃して「心因性」のトラブル(鬱や過敏性腸症候など)に悩まされることになります。


ストレスを軽減させる工夫というのは重要になってきます。


原因が分かっている場合は、元を断てばストレスがなくなる訳ですから、消化不良・睡眠不足の原因が対人関係である場合、付き合いをやめれば治りますが、学校や会社をやめるというのは簡単ではありませんから、自分で溜め込まないようにすることが大事です。


溜め込むタイプには共通点があるんですが、流すことが苦手で意識がソコから離れない…


良くない感情に捉われて離れられない場合は、切り替えを試みることです。


溜め込むタイプの方は気持ちの切り替えが苦手なので、物理的に切り替えていくと切り替えられるようになっていきます。


スポーツ観戦やカラオケで大声を出すこと、テニス、卓球、サッカーなどボールを蹴ったり打ったりすることです。 


ひとりの場合は、バッティングセンターなどもオススメです。


怒りを溜め込んでいると交感神経優位な臨戦態勢になっている訳ですから、それを発散してやることでストレスは緩和されます。 


そして、副交換神経を優位にするには、深呼吸を繰り返すことも有効といえます。


あまり難しく考えずに、とにかく身体を動かしてみるとスムーズな切替えができると思います。


脳はマスチタスクではないので、 全ての活動を同時に処理できません。


ひとつのタスクから別のタスクに素早く切り替えているので、複数のことを同時進行して処理できないので、行動することで切り替えることができるんです。


心配や不安も同じで、心がソコに留まってしまうと、心配や不安から離れることができません。


心配や不安の原因が明確である場合は、何が不安にさせているか?何が心配なのか? 問題となっている原因を細分化して処理すると解決の糸口が見えてくると思います。 

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人は成長のために少し無理をすることは大切なことなんですが、過度な無理は心身の負担にしかなりません。


筋肉を作るときと同じように、少しずつ負荷をかけ心身の共に強く健康であるよう自分を上手くコントロールしてください。




あなたは、幸せについて考えたことはありますか?

幸せは「自分で決めている」だけなので、物事の受け止め方、考え方で「幸せ」が決まるんです。

ですから、前向きで与えられているものを数えるのが上手い人は、幸せを感じる人が多い。

こういう方は、人や物を大事にし「感謝」が自然に湧くような人ですね。

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逆に、自分が幸せになるためにどうしたらいいか?という方は、目先の欲に左右され見返りや取引を求める傾向にあり、幸せを感じにくい。

そもそも五体満足であるということは「幸せ」ではないでしょうか?

病気や怪我をしたら、五体満足であることのアリガタミが分かるかと思います。

たとえば、小指1本でさえ切ったり折れたりすれば、激しい痛みとともに不自由な生活さを強いられることになりますよね。

感謝のあまりない方は、そういうことに気づかない。

いいことがあるときだけ感謝する。

お蔭様、お互い様という自然な「感謝」がない…

人間の脳はエネルギーの消費を嫌いますから、放っておくと楽な方を選択するようになっています。

脳は変化を好まないので記憶の流用によって結果を予測できる現状に戻そうとします。

脳は現状に留まることを目的に働き、いいことがあるときだけ感謝するといった習慣があれば「幸せ」というのが実感しにくい。

脳は今までどおりが良いから現状維持しようとし、そういう思考癖を持っていると「良い点」に目を向ける習慣がないため「悪いところばかり」に目がいく。

愚痴の多い方というのは大抵コレ。

自分を変えることができるのは「自分」だけ。

他人ができるのはサポートだけ。

人生を変え環境を変えることができるのも自分自身。

心理学には「承認欲求」というものがあるといわれており、人は「誰かに認められたい」という欲求を持っているといいます。

しかし、誰かが見てくれる期待して行動する方は、持久力に欠け継続できない傾向にある。
 
あなたに足りない所があるとしても、それは認めてしまえばいい。

それは、伸び代。

誰かのためではなく「自分のために」何かを始めることや自分を大切にすることも大事。

日本人は、世界で最も「感謝」できる人の集まった国だと、私は思います。

そして、虐げられた人々、悲しんでいる人々のために損得なしに行動することができる。

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心ある民族。

そういう誇らしい民族だと思います。

 

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