心の風景

タグ:心の風景

今日は、また心理について書きますが、興味のない方はスルーしてくださいね。

現代人は、PCやスマホを見る時間が長く目からの刺激が強いため、交感神経と副交感神経の切替がうまくできなくなっている方や夜寝付けない眠りが浅い方が増えています。


そこで、原因が心因性であっても、とにかく身体を動かした方が質の良い眠りにつけることを書いておきたいと思います。


習慣的かつ継続的に運動をすると、寝つきが改善されることはよく知られていることですが、眠りが浅い方にも有効だというデータが出ています。


人は身体も頭も一日よく使っていれば夜グッスリ眠れるようにできていますから、午後から夕方にかけて身体を動かすと効果的だといわれています。


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なので、眠れないとお悩みの方は身体を動かす習慣をつけていきましょう。


また、ストレスを抱えた方の中には我慢強い人が多いのですが、その中に「キレるまで我慢する」タイプの方がいます。


そういう方は、1/100人くらいの割合でいるといわれ、特に子供に多い傾向にあります。


子供の場合、自分の感情をうまくコントロールできずにストレスを溜め込んでしまうのですが、「キレるまで我慢してしまう」タイプは、感受性が強く他者の反応に敏感な子供です。


これは、生まれ持ったものもありますが、幼少期に親や周囲の顔色を見て育った人などに多く見られる傾向でもあります。


では、なぜキレるまで我慢してしまうのでしょう?


実は、答えは、かなりシンプルで「自分のいいたいことをいえない」からなんですね。


どこで「自分の気持ち」を正直に伝えていいのか分からないからです。


子供のころに親にうまく甘えられなかった場合や周囲の大人や親が子供の感情の面倒をみない場合、子供は自分の感情を自分でコントロールするしかありません。


学習するというのは、ストレスや感情のコントロールも同じなんですね。


大人が「こうするんだよ」「こうしたら良いよ」と寄り添うことで学習していくのですが、周囲にそういう大人がいなかった子供は、うまく感情のコントロールができないまま大人になってしまう場合があるんですね。


甘えたくても甘えられなかったり、悲しいことがあって泣いていたら、叩かれたり、叱られたりして、自分の正直な感情を疎ましがられてしまった子供は、自分がどうしたら良いかの判断が難しいものとなるからです。


もちろん、同じ境遇であっても自分の感情をうまくコントロールできるようになる子もいますけどね。


近年では、腸内環境が悪い方も同じ症状が出ることが医学的に解明されてきたこともあり、糖質過多な食事や炭水化物偏重な方は、キレやすく疲れやすい。

なので、そういう食生活の方は、まずは食生活を改善すべきです。


さて、話を戻しますが、過剰なストレスというのは攻撃性に変わります。


抑圧された感情は、攻撃性を他者に向けることで鬱積した感情を発散しようとします。


そのような形で「自分の内面をコントロールしよう」とする訳です。


ですから、外に「攻撃性」が向かえばキレるなどの行為によって物を壊したり暴力に訴えたりするのですが、この「攻撃性」が内に向かうと、自分自身を攻撃して「心因性」のトラブル(鬱や過敏性腸症候など)に悩まされることになります。


ストレスを軽減させる工夫というのは重要になってきます。


原因が分かっている場合は、元を断てばストレスがなくなる訳ですから、消化不良・睡眠不足の原因が対人関係である場合、付き合いをやめれば治りますが、学校や会社をやめるというのは簡単ではありませんから、自分で溜め込まないようにすることが大事です。


溜め込むタイプには共通点があるんですが、流すことが苦手で意識がソコから離れない…


良くない感情に捉われて離れられない場合は、切り替えを試みることです。


溜め込むタイプの方は気持ちの切り替えが苦手なので、物理的に切り替えていくと切り替えられるようになっていきます。


スポーツ観戦やカラオケで大声を出すこと、テニス、卓球、サッカーなどボールを蹴ったり打ったりすることです。 


ひとりの場合は、バッティングセンターなどもオススメです。


怒りを溜め込んでいると交感神経優位な臨戦態勢になっている訳ですから、それを発散してやることでストレスは緩和されます。 


そして、副交換神経を優位にするには、深呼吸を繰り返すことも有効といえます。


あまり難しく考えずに、とにかく身体を動かしてみるとスムーズな切替えができると思います。


脳はマスチタスクではないので、 全ての活動を同時に処理できません。


ひとつのタスクから別のタスクに素早く切り替えているので、複数のことを同時進行して処理できないので、行動することで切り替えることができるんです。


心配や不安も同じで、心がソコに留まってしまうと、心配や不安から離れることができません。


心配や不安の原因が明確である場合は、何が不安にさせているか?何が心配なのか? 問題となっている原因を細分化して処理すると解決の糸口が見えてくると思います。 

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人は成長のために少し無理をすることは大切なことなんですが、過度な無理は心身の負担にしかなりません。


筋肉を作るときと同じように、少しずつ負荷をかけ心身の共に強く健康であるよう自分を上手くコントロールしてください。


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先日、根戸ウヨ子ちゃんが「みなさんにとってのヒーローって、どなたですか?」というツィートをしていたので「私にとってのヒーローは先帝陛下です」と伝えました。
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それで今日は、過去記事の再掲をしたいと思います。
過去に読んだよという方も、今一度お読みいただけると幸いです。

天下に水より柔弱(じゅうじゃく)なるは莫(な)し。

而(しか)も堅強(けんきょう)を攻むる者、これに能(よ)く勝る莫し。

その以(も)ってこれを易(か)うるもの無きを以ってなり。

弱の強に勝ち、柔の剛に勝つは、天下知らざる莫きも、能く行なう莫し。

ここを以って聖人は云(い)う、国の垢を受く、これを社稷(しゃしょく)の主と謂(い)い、国の不祥(ふしょう)を受く、これを天下の王と謂うと。

正言(せいげん)は反(はん)するが若(ごと)し。

(解釈)

この世に水よりも柔らかく弱々しいものは無いが、それでいて固く強いものを打ち破ることにおいて水に勝るものも無い。

その性質を変えることのできるものが存在しないからである。

弱いものが強いものに勝ち、柔よく剛を制すとは世によく知られたことだが、それを行うとなると難しい。

そこで「道」を知った聖人は言うのだ、「国家の屈辱を甘んじてその身に受ける者、その人が国家の主であり。

国家の災いを甘んじてその身に受ける者、その人が天下の王である」と。

本当に正しい言葉は普通とは逆の様に聞こえるものだ。 



任信第七十八では、水は、この世で最も弱い物質であると同時に、強い物質でもあると説いています。

それゆえに、強い者は、水と同じように弱い立場で「汚いものを引き受けられる人」であるということです。

綺麗事を並べるだけなら誰でもできます。

パフォーマンスだけがお得意な恥知らずの野党は、もやはお笑い芸人を超えている。

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野党に限らず、私の好きな哲学思想のブログでもそういう方がいる。

そして、大きなことだけいう。

まあ、騙るだけなら誰でもできる話ですからね。

「地球を守る!」などと書いてあると戦隊物の見すぎか?と疑いますが、スケールの大きいことだけいって、何もできないのだろうと思います。

平和や愛を騙るこの手の方は、SEALDsと同じに観えてしまう。

かつてSEALDsは「敵国が攻めてくるというのなら、とことん話して酒飲んで遊んで食い止めます」という迷言を吐いた。

その寝言を聞いて「やってみろよ」と思ったのは、おそらく私だけではなかったでしょう。

中心メンバーである奥田が、自分や家族に向けた殺害予告を受けて震え上がり、それまで散々毒づいていた警察に慌てて駆け込んだことは、よく知られています。

派手なパフォーマンスや綺麗事。

人から賞賛を浴びるために良いカッコをする。

そのくせ非難され屈辱を受けることは嫌い、立場が危うくなると真っ先に逃げ出す。 

汚いものは引き受けたくないという口先だけの連中です。

老子の説いた「汚いものを引き受けられる人」が、政治家を含め日本にどれほどいるでしょう?

それほど多くないでしょうけれど、私は、昭和天皇(先帝陛下)は、紛れもなく「汚いものを引き受けられる人」であったと思います。
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陛下は、たった一人通訳だけを連れてマッカーサーの前に立たれたのですが、マッカーサーは、陛下が命乞いに来たと勘違いし、パイプをくわえたままソファーから立とうともしなかった。

しかし、陛下は直立不動のまま国際儀礼としての挨拶を終え、こう言われました。

『日本国天皇はこの私であります。戦争に関する一切の責任はこの私にあります。私の命においてすべてが行なわれました限り、日本にはただ一人の戦犯もおりません。絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処されても、いつでも応ずるだけの覚悟はあります。しかしながら、罪なき八〇〇〇万の国民が、住むに家なく、着るに衣なく、食べるに食なき姿において、まさに深憂に耐えんものがあります。温かき閣下のご配慮を持ちまして、国民たちの衣食住の点のみにご高配を賜りますように』と。

敗戦国のトップなどは、命乞い・亡命が当たり前の時代。

だからこそ、陛下のこの言葉は、マッカーサーを驚かせ「天皇とはこのようなものでありましたか!私も、日本人に生まれたかったです。陛下、ご不自由でございましょう。私に出来ますることがあれば、何なりとお申しつけ下さい」といわせた。

しかし、陛下は「命をかけて、閣下のお袖にすがっておりまする。この私に何の望みがありましょうか。重ねて国民の衣食住の点のみにご高配を賜りますように」と、ご自身のことは何一つ願われなかった。

その後、マッカーサーは以下のように語っています。

「天皇の話はこうだった。『私は、戦争を遂行するにあたって日本国民が政治、軍事両面で行なったすべての決定と行動に対して、責任を負うべき唯一人の者です。あなたが代表する連合国の裁定に、私自身を委ねるためにここに来ました』大きな感動が私をゆさぶった。

死をともなう責任、それも私の知る限り、明らかに天皇に帰すべきでない責任を、進んで引き受けようとする態度に私は激しい感動をおぼえた。私は、すぐ前にいる天皇が、一人の人間としても日本で最高の紳士であると思った」
(マッカーサー回顧録一九六三年)


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何ですか?今日のタイトル?と思われた方。

今日は、心理学の「依存と共依存」について書きますから、心理なんて興味ないよという方はスルーしてくださいね。

依存いう言葉をご存知の方は多いと思いますが、共依存は見慣れない言葉ではないかと思います。

じゃ共依存って何?ということですが「他者に必要とされる=自分の存在意義」という人間関係そのものに依存する嗜癖状態のことをいいます。

共依存者といわれる方は心理的特徴があり、その根底には「虚無感」があるといわれています。

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その虚無感を払拭するため、他者に尽くすことによって自らの「虚無感」を埋めようとします。

ザックリいってしまうと感謝されたくて意図的に行動する方や「良い人」と思われるよう意図的に行動する方ですね。

嫌われたくないという心理から「良い人」でいようとする方もいますが、そういう方は共依存者ではありません。

共依存者は、自分の存在価値を満たすために尽くすだけで、尽くすとは「耳触りのいい表現」ですが、この手の方は、人の世話を焼きたがる割に誠実さに欠け策謀的な点が目立ちます。

共依存者の特徴には、他人の後始末や責任代行をしてしまい自分の人生を生きることができないというものもあります。

比較的女性に多く親子や夫婦関係で「私が何とかして上げなきゃ」という方に当てはまるかと思いますが、これも程度問題で相手を「突き放せる」人であれば共依存者ではありません。

依存性の高い人に「過剰にかまう」ことは、依存心を増長させる(つけ上がらせる)だけだということを知ることが大事です。

女優の三田佳子さんと息子さんの関係などが、それに当てはまるかと思います。

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依存症というのは「何かにはまってほどほどでやめられない」ことであり、自分で自分をコントロールできない状態になることです。

アルコール依存症、薬物依存症、ニコチン依存症、ギャンブル依存症(パチンコなど)、買い物依存症、恋愛依存症、ネット依存症などがあげられます。

これらにハマってノメり込んでしまうのは、日ごろから信頼する人や家族に受け入れられていないという思い(寂しさ)があり孤独を感じている方に見られる傾向です。

そして、その根底には、劣等感があり「その現状から逃れよう」と夢中になった対象に傾倒していきます。 (ストーカーというのも、その実態は依存症です)

不思議なもので、この劣等感というのも他者から見れば「まるでそうではない」ことだったりします。

綺麗な女性がトンデモなダメンズに引っかかったりするのも「自分に対する無価値観」からというのも少なくありません。

美しいから幸せになれるわけではないし、そもそも論として「美しさ」は人それぞれで、自分の価値を自分で認めることこそが大切なんです。

依存症を克服するには、対象から「距離を置く」と同時に心の状態と向き合う必要があるので、問題を解決する側も問題を作る側から離れる必要があるわけです。

しかし、冒頭に書いたように、共依存者は「自身の無価値観」から世話を焼きたがるため相互の依存関係から抜け出すことが難しい。

相手を思うというのは、相手を成長させるものだと私は思います。

相手の成長に必要であれば、厳しい態度を取る勇気も必要になる。

甘やかすことは、自分で考え自分で判断し、自分で責任を持つことを放棄させるからです。

依存、共依存というレベルでなくても、相手の成長のために手や口を出さず、見守ること、自分でさせることは大事なことだと思います。

自分で出来たとき、それが「その人の自信」へと繋がっていくからです。




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はじめまして。

心の風景blog管理人です。

今日は岡本太郎さんの言葉を、読者の皆様へご紹介したいと思います。



意志を強くする方法なんてありはしない。


そんな余計なことは考えるな。


君はほんとうは激しく生きたいんだよ。


だから”死”が目の前に迫ってくる。


それはとても正常なことだ。 


自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。


なければなおいい、今まで世の中で能力とか才能なんて思われていたものを超えた、決意の凄みを見せてやるというつもりで、やればいいんだよ。


むしろ、能力がないほうが素晴らしいんだと平気で闘えば、逆に能力がひらいてくる。


ぼくは、特別力が強いわけでもない、金をそんなに持っているわけでもない。


頭脳だってそれほど優秀じゃないかもしれない。


つまり、さまざまのマイナスの面を背負っている。


でも、マイナスの面が大きければ大きいほど、逆にそれと反対の最高にふくれあがったものを自分に感じるわけだ。


弱い、なら、弱いままのありのままで進めばいいじゃないか。 


他人が笑うまいが自分で自分の歌を歌えばいいんだよ。


歌に限らず他人の判断ばかりを気にしていては本当の人間としての責任がもてない。


もし自分がヘマだったら、”ああ、おれはヘマだなあ”と思えばいいじゃないか。  


よく”一流好み”の人がいるが、それはつまりただ世間の、他人の評価をウノミにしてありがたがっていることだろう。


誰がなんといおうと、三流だろうが、五流だろうが、自分のいいと思うものはいい、という態度を貫かなければ”ほんもの”なんかわかりゃしないよ。


一流だから知りたい、好きになりたいなんていう、さもしい根性を持たずに、自分の本当に感動する人間を探し、つかまえるんだね。


その発見のポイントに世の中全体にその価値を認めさせるように、きみ自身、力を尽くせばいい。そうすると世界が変わってくるよ。


自分自身を責めることで慰め、ごまかしている人が、意外に多いんだよ。

そういうのは甘えだ。


惨めな根性だと思うね。


何かすごい決定的なことをやらなきゃ、なんて思わないで、そんなに力まずに、チッポケなことでもいいから、心の動く方向にまっすぐに行くのだ。失敗してもいいから。


1度失敗したなら、よしもう1度失敗してやるぞ、というぐらいの意気込みでやることが大切なんだ。


うじうじと考える必要はない。


すべてのマイナスをプラスの面でつらぬけば、マイナスだと思っているものがプラスになって転換してくる。 


ほんとうの調和というのは、お互いに意見をぶっつけ、フェアにぶつかりあうこと。


誰もが、あえて出る釘になる決意をしなければ、時代はひらかれない。



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