心の風景

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先日、根戸ウヨ子ちゃんが「みなさんにとってのヒーローって、どなたですか?」というツィートをしていたので「私にとってのヒーローは先帝陛下です」と伝えました。
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それで今日は、過去記事の再掲をしたいと思います。
過去に読んだよという方も、今一度お読みいただけると幸いです。

天下に水より柔弱(じゅうじゃく)なるは莫(な)し。

而(しか)も堅強(けんきょう)を攻むる者、これに能(よ)く勝る莫し。

その以(も)ってこれを易(か)うるもの無きを以ってなり。

弱の強に勝ち、柔の剛に勝つは、天下知らざる莫きも、能く行なう莫し。

ここを以って聖人は云(い)う、国の垢を受く、これを社稷(しゃしょく)の主と謂(い)い、国の不祥(ふしょう)を受く、これを天下の王と謂うと。

正言(せいげん)は反(はん)するが若(ごと)し。

(解釈)

この世に水よりも柔らかく弱々しいものは無いが、それでいて固く強いものを打ち破ることにおいて水に勝るものも無い。

その性質を変えることのできるものが存在しないからである。

弱いものが強いものに勝ち、柔よく剛を制すとは世によく知られたことだが、それを行うとなると難しい。

そこで「道」を知った聖人は言うのだ、「国家の屈辱を甘んじてその身に受ける者、その人が国家の主であり。

国家の災いを甘んじてその身に受ける者、その人が天下の王である」と。

本当に正しい言葉は普通とは逆の様に聞こえるものだ。 



任信第七十八では、水は、この世で最も弱い物質であると同時に、強い物質でもあると説いています。

それゆえに、強い者は、水と同じように弱い立場で「汚いものを引き受けられる人」であるということです。

綺麗事を並べるだけなら誰でもできます。

パフォーマンスだけがお得意な恥知らずの野党は、もやはお笑い芸人を超えている。

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野党に限らず、私の好きな哲学思想のブログでもそういう方がいる。

そして、大きなことだけいう。

まあ、騙るだけなら誰でもできる話ですからね。

「地球を守る!」などと書いてあると戦隊物の見すぎか?と疑いますが、スケールの大きいことだけいって、何もできないのだろうと思います。

平和や愛を騙るこの手の方は、SEALDsと同じに観えてしまう。

かつてSEALDsは「敵国が攻めてくるというのなら、とことん話して酒飲んで遊んで食い止めます」という迷言を吐いた。

その寝言を聞いて「やってみろよ」と思ったのは、おそらく私だけではなかったでしょう。

中心メンバーである奥田が、自分や家族に向けた殺害予告を受けて震え上がり、それまで散々毒づいていた警察に慌てて駆け込んだことは、よく知られています。

派手なパフォーマンスや綺麗事。

人から賞賛を浴びるために良いカッコをする。

そのくせ非難され屈辱を受けることは嫌い、立場が危うくなると真っ先に逃げ出す。 

汚いものは引き受けたくないという口先だけの連中です。

老子の説いた「汚いものを引き受けられる人」が、政治家を含め日本にどれほどいるでしょう?

それほど多くないでしょうけれど、私は、昭和天皇(先帝陛下)は、紛れもなく「汚いものを引き受けられる人」であったと思います。
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陛下は、たった一人通訳だけを連れてマッカーサーの前に立たれたのですが、マッカーサーは、陛下が命乞いに来たと勘違いし、パイプをくわえたままソファーから立とうともしなかった。

しかし、陛下は直立不動のまま国際儀礼としての挨拶を終え、こう言われました。

『日本国天皇はこの私であります。戦争に関する一切の責任はこの私にあります。私の命においてすべてが行なわれました限り、日本にはただ一人の戦犯もおりません。絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処されても、いつでも応ずるだけの覚悟はあります。しかしながら、罪なき八〇〇〇万の国民が、住むに家なく、着るに衣なく、食べるに食なき姿において、まさに深憂に耐えんものがあります。温かき閣下のご配慮を持ちまして、国民たちの衣食住の点のみにご高配を賜りますように』と。

敗戦国のトップなどは、命乞い・亡命が当たり前の時代。

だからこそ、陛下のこの言葉は、マッカーサーを驚かせ「天皇とはこのようなものでありましたか!私も、日本人に生まれたかったです。陛下、ご不自由でございましょう。私に出来ますることがあれば、何なりとお申しつけ下さい」といわせた。

しかし、陛下は「命をかけて、閣下のお袖にすがっておりまする。この私に何の望みがありましょうか。重ねて国民の衣食住の点のみにご高配を賜りますように」と、ご自身のことは何一つ願われなかった。

その後、マッカーサーは以下のように語っています。

「天皇の話はこうだった。『私は、戦争を遂行するにあたって日本国民が政治、軍事両面で行なったすべての決定と行動に対して、責任を負うべき唯一人の者です。あなたが代表する連合国の裁定に、私自身を委ねるためにここに来ました』大きな感動が私をゆさぶった。

死をともなう責任、それも私の知る限り、明らかに天皇に帰すべきでない責任を、進んで引き受けようとする態度に私は激しい感動をおぼえた。私は、すぐ前にいる天皇が、一人の人間としても日本で最高の紳士であると思った」
(マッカーサー回顧録一九六三年)


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何ですか?今日のタイトル?と思われた方。

今日は、心理学の「依存と共依存」について書きますから、心理なんて興味ないよという方はスルーしてくださいね。

依存いう言葉をご存知の方は多いと思いますが、共依存は見慣れない言葉ではないかと思います。

じゃ共依存って何?ということですが「他者に必要とされる=自分の存在意義」という人間関係そのものに依存する嗜癖状態のことをいいます。

共依存者といわれる方は心理的特徴があり、その根底には「虚無感」があるといわれています。

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その虚無感を払拭するため、他者に尽くすことによって自らの「虚無感」を埋めようとします。

ザックリいってしまうと感謝されたくて意図的に行動する方や「良い人」と思われるよう意図的に行動する方ですね。

嫌われたくないという心理から「良い人」でいようとする方もいますが、そういう方は共依存者ではありません。

共依存者は、自分の存在価値を満たすために尽くすだけで、尽くすとは「耳触りのいい表現」ですが、この手の方は、人の世話を焼きたがる割に誠実さに欠け策謀的な点が目立ちます。

共依存者の特徴には、他人の後始末や責任代行をしてしまい自分の人生を生きることができないというものもあります。

比較的女性に多く親子や夫婦関係で「私が何とかして上げなきゃ」という方に当てはまるかと思いますが、これも程度問題で相手を「突き放せる」人であれば共依存者ではありません。

依存性の高い人に「過剰にかまう」ことは、依存心を増長させる(つけ上がらせる)だけだということを知ることが大事です。

女優の三田佳子さんと息子さんの関係などが、それに当てはまるかと思います。

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依存症というのは「何かにはまってほどほどでやめられない」ことであり、自分で自分をコントロールできない状態になることです。

アルコール依存症、薬物依存症、ニコチン依存症、ギャンブル依存症(パチンコなど)、買い物依存症、恋愛依存症、ネット依存症などがあげられます。

これらにハマってノメり込んでしまうのは、日ごろから信頼する人や家族に受け入れられていないという思い(寂しさ)があり孤独を感じている方に見られる傾向です。

そして、その根底には、劣等感があり「その現状から逃れよう」と夢中になった対象に傾倒していきます。 (ストーカーというのも、その実態は依存症です)

不思議なもので、この劣等感というのも他者から見れば「まるでそうではない」ことだったりします。

綺麗な女性がトンデモなダメンズに引っかかったりするのも「自分に対する無価値観」からというのも少なくありません。

美しいから幸せになれるわけではないし、そもそも論として「美しさ」は人それぞれで、自分の価値を自分で認めることこそが大切なんです。

依存症を克服するには、対象から「距離を置く」と同時に心の状態と向き合う必要があるので、問題を解決する側も問題を作る側から離れる必要があるわけです。

しかし、冒頭に書いたように、共依存者は「自身の無価値観」から世話を焼きたがるため相互の依存関係から抜け出すことが難しい。

相手を思うというのは、相手を成長させるものだと私は思います。

相手の成長に必要であれば、厳しい態度を取る勇気も必要になる。

甘やかすことは、自分で考え自分で判断し、自分で責任を持つことを放棄させるからです。

依存、共依存というレベルでなくても、相手の成長のために手や口を出さず、見守ること、自分でさせることは大事なことだと思います。

自分で出来たとき、それが「その人の自信」へと繋がっていくからです。




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防衛省が韓国主催の国際観艦式への海上自衛隊派遣を見送ったのは、韓国側が求める自衛艦旗「旭日旗」の掲揚自粛という無理筋の要求を、到底受け入れることができないからだ。国内法や国際法に反する一方的な注文を諾々とのめば、国際社会での日本の信頼失墜にもつながりかねない。

「韓国の要求に従えば、日本は法に違反する国家となる。検討にも値しない」

 外務省幹部は派遣見送りの理由をこう語る。
 自衛艦旗の掲揚は自衛隊法で義務づけられ、国連海洋法条約も国籍と軍隊に属することを示す「外部標識」を掲げることを規定する。韓国の要求は「非常識」(海自幹部)との批判は免れない。

 もし要求に応じれば、日本の防衛に影響が出る可能性もある。制服組トップの河野克俊統合幕僚長は、自衛艦旗を「海上自衛官の誇り」と表現する。国際社会でも、主権の象徴である軍艦旗は最上級の敬意が払われるべき存在だ。

その重みを持つ自衛艦旗を、日本がやすやすと降ろす姿を他国はどう見るか。

 元海将の香田洋二氏は「中国は日本を『強硬に出ればすぐ退く国』とみて、尖閣諸島(沖縄県石垣市)への圧力を強めただろう。米国をはじめ友好国からの信頼も失う。派遣見送りは適切な判断」と語る。

 政府内には、自衛艦旗を掲げ観艦式に参加する強硬論もあったが、見送った。外務省幹部は「主催国である韓国の顔をつぶさないための、せめてもの措置だ」と語る。(産経新聞・石鍋圭)

(zakzak 2018.10.6)
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/181006/soc1810060005-n1.html

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今回の対応は至極まっとうだと思います。今まで散々譲歩してきた政府や外務省の弱腰姿勢が中韓をつけ上がらせてきたのです。

もう一歩も譲ってはなりません。

ここからは過去記事の加筆再掲になりますが、「竹林はるか遠く日本人少女ヨーコの戦争体験記(ハート出版)」の著者が、米国で在米韓国人によって吊るし上げられ糾弾されなくてはならなかった背景に在米韓国人の活動がありますが、日本政府も外務省も対応しなかった。

著者であるヨーコ・カワシマ・ワトキンス氏は1933年、青森に生まれ、生後6ヶ月で南満州鉄道(満鉄)に勤務する父に連れられ家族で朝鮮北部の羅南に移住し、1945年、敗戦間際に母、姉とともに羅南を脱出し女性3人で命からがら朝鮮半島を縦断して日本へ引き揚げた体験を1986年「竹林はるか遠く」として刊行しました。

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しかし、この本がアメリカで出版されて20年経った2006年の秋にボストン付近に住む在米二世韓国人たちが突然怒りを爆発させ「中学生の教材」として採用されていた内容について「日本人を被害者にし、長年の日帝侵略が朝鮮人民に対して被害、犠牲、苦痛を与えた歴史を正確に書いていない」「強姦についても写実的に書いており、中学生の読むのにふさわしい本ではない」といった理由をつけて本を教材から外す運動をあらゆる手段を使ってやり始めた。

20年も経った2006年の秋に在米二世韓国人たちが突然怒りを爆発からお分かりいただけるかと思いますが、いつも後から何年も何十年も経ってから突然怒りを爆発させるというオカシナことになっているわけです。

これは紛れもなく難癖であり事実無根だからこそ20年も経ってからだといえますし「慰安婦問題」と同じだといえると思います。

そして、月刊WiLL2017年10月号で高山正之氏と杉田水脈氏の対談に『竹林はるか遠く 日本人少女ヨーコの戦争体験記』のことが掲載されています。

世界中で日本叩き

(高山) 日本人が「反論しない」という例で言えば『竹林はるか遠く 日本人少女ヨーコの戦争体験記』という本にまつわるエピソードがある。ヨーコ・カワシマ・ワトキンスが、昭和20年8月9日からソ連軍の侵入から逃れるため、今の北朝鮮からソウルまで逃げていく実話。
 その引き上げのときの朝鮮人の乱暴狼藉が詳しく書かれている。朝鮮人がはじめて知った幸せな時代がある日、ソ連の侵略で破られる。日本が敗戦国になったとたん、朝鮮人警察官が幼い彼女の家に押し入り、金目のものを奪っていく。落ち延びて行く途中、多くの日本人が朝鮮人に襲われ、女は犯され、男が虐殺された。それを見たまま書いた彼女の本はアメリカの中学生の副読本になった。

(杉田) 以前はそうだったのですが、私がニュージャージーへ行った時、韓国人、韓国系アメリカ人が反発して『私がキョウコだったころ』という副読本に変えられていました。日本の統治時代にどれほどひどい目にあわされたかと言う内容の本です。

(高山) えー、本当?

(杉田) その時、日本人は反論しなかった。ニュージャージーは今、6割近く韓国人が占める小学校があって、韓国人だけのPTAがあるようです。そのようなところから圧力がかかって副読本を変えられた。

(高山) そうなのか。米国で生活していたカワシマ・ワトキンスは数年前、彼女の書いた内容がおかしいと在米韓国人に非難され、ボストンの集会所へ呼び出されて吊るし上げられた。そこには在米韓国人と韓国の特派員、それから韓国の外交官も来ていたけれど、日本の特派員の外交官もだれ1人来なかった。

(杉田) ひどい話ですね。

(高山) たった1人でヨーコは糾弾されて、謝罪を強要された。在米韓国人はこの糾弾集会をきっかけにボード・オブ・スクール(日本の教育委員会)にねじ込んで「ヨーコ物語」を副読本から外せと大騒ぎした。その時はさすがに米国は要求を蹴った。

(杉田) 副読本が変えられたのはその後です。去年行った時に聞きました。うんざりする話です。

(高山) 『私がキョウコだったころ』はたぶん、それで「ヨーコ」を打ち消す意図で編み出されたのだろう。その時に、なんで日本の特派員になり外務省のスタッフが抗議に行かなかったのか。そこできっちり説明して、日本の新聞は大きく取り上げて書かなければいけない。反論というのはそういうものでしょ。

もう被害者の顔をして世界へ向けて日本を貶めようとする韓国の好き勝手を許してはなりません。

これを気に中韓の顔色を気にしていた弱腰外交から脱却しなくてはいけません。



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沖縄知事に玉城氏 国と県の関係正常化図れ
沖縄県知事選は共産、社民両党や労組などでつくる「オール沖縄」が推し、米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する玉城(たまき)デニー前衆院議員が、自民、公明両党などが推した佐喜真淳(さきま・あつし)前宜野湾(ぎのわん)市長を破って当選した。
 8月に死去した翁長雄志(おなが・たけし)前知事は辺野古移設に反対し、国と激しく対立した。死去後に県は辺野古埋め立て承認を撤回し、埋め立て工事は中断した。
 当選した玉城氏は、翁長県政の継承を唱えてきた。だが、辺野古移設をめぐり、国と県の対立を再燃させるのは望ましくない。
 移設を妨げる県の従来方針を改め、国との関係を正常化し、基地負担の軽減を進めていく現実的な立場をとってもらいたい。辺野古移設は日米両政府が交わした重い約束事だ。抑止力維持の観点からも見直せない。米軍基地を国内のどこに置くかという判断は、国の専権事項である安全保障政策に属する。憲法は地方自治体の長に、安保政策や外交上の約束を覆す権限を与えていない。
 この民主主義の基本を玉城氏は理解してほしい。知事選に基地移設の是非を決める役割があると考えること自体が誤っている。玉城氏は、県による「埋め立て承認撤回」を取り消すべきだ。そもそも撤回するほどの不手際が国にあったとはいえない。
 もし、「承認撤回」を取り消さないのであれば、国は裁判所に撤回の執行停止を申し立てるべきである。認められれば、埋め立て工事を再開できる。
 宜野湾市の市街地に囲まれた普天間の危険性を取り除く上で移設は待ったなしの課題である。同時に在沖縄の米海兵隊は、北朝鮮や中国などを見据えた日米同盟の抑止力の要である。抑止力の維持と基地の安全性の確保を両立させるには、辺野古移設が唯一現実的な解決策だ。国と県の対立を再燃させて移設が滞れば、周辺国が日米同盟が動揺しているとみなす恐れがある。抑止力低下と普天間の固定化は望ましくない。
 玉城氏は「基地を造ったら平和にならない」と語ったが、抑止力を否定する発想は非現実的で安保環境をかえって悪化させる。中国が狙う尖閣諸島は沖縄の島である。防衛の最前線である沖縄の知事である自覚をもってほしい。(2018.10.1 産経)

https://www.sankei.com/column/news/181001/clm1810010002-n1.html

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沖縄知事選ではこのトンデモな平和論者が当選し、その背景に女性票が際立っていましたが…宜野湾市市長選は自公維新推薦、前副市長の松川氏が当選し、名護市長も今年初めの選挙で移転反対派を破って当選していますから、沖縄は確実に未来を見据えて行動している人が増えています。

知事選では、元ラジオDJとして知名度のあるデニー氏が有利だったことも票に繋がったでしょうけど、さきま氏の情報が十分拡散されていないことや拡散されていても受け取らない方がいたことも確かです。

女性票に関していえば、多くの女性は基本的に受身であり、変化を嫌い、争いを嫌うため、デニー氏の「平和」発言が影響したと考えられ、年配の方ほどその傾向にあったと思います。

そして、沖縄基地反対を叫ぶ連中の多くは地元民ではないことは皆様もよくご存知のことですが、その連中も選挙権を持っていたはずですし、選挙のために3ヶ月以上も前から引っ越してきた輩(2015年にTVタックルで放送されました)もいるはずです。

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尖閣周辺で中国当局の船が確認されるのは「〜日連続」という記事が日常化している現実を見て「基地を造ったら平和にならない」と語ったデニー氏には沖縄の未来が見えていないか考えていない。

尖閣諸島が領土になれば、そこから200カイリの排他的経済水域内が中共の海洋国土になり、天然資源の宝庫といわれる東シナ海を手に入れるためには手段を選らばない。

だからこそ沖縄にある米軍基地が目障りで日米同盟を引き裂きたいわけです。

日本という国を、未来の子供たちのために守ることができるのは 今の私たちのほかに誰がいるでしょう?

テロや紛争でさえ「聖戦」と謳い「正義」を振りかざして殺戮する現実があることを知ってほしい。

人類の歴史を見ても常に仕掛ける側という存在があり、略奪、虐待、強姦、虐殺が繰り返され、その中でも中共は「他民族虐殺、他宗教虐殺」の歴史しかないことを知ってほしい。

長くなるので、「他民族虐殺、他宗教虐殺」の歴史については、またの機会に「南京大虐殺の嘘」についてと合わせて書いてみたいと思いますが…

日本は、かつて自衛のために戦わざるを得なくなり、自らをも「犠牲」にする悲劇的な争いへと突き進んでいきました。

多くの若者が、国のため愛する者を守るために命をかけました。

自らが死を覚悟し戦地に向かわねばねらなかったのは、国家を守る、その背景に「家族を守りたい」という思いがあったことでしょう。

国がなくなれば、国の将来も、その国に暮らす人々の未来もないのですから。

我が国が戦禍へ巻き込まれていかないための自衛・国防、憲法改正が急務です。

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自国の利益のため他国の領土を奪い、民族から言葉を奪い、人間らしい暮らしを奪い、非人道的行為を繰り返す国が日本に照準を定めています。

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内モンゴル・チベット・東トルキスタン(ウイグル)の惨事を日本人は身近に感じるべきです。


デニー氏の知名度で投票してしまった方や地方自治体の長に安保政策や外交上の約束を覆す権限を与えていない民主主義の基本を理解していない玉城デニー氏に投票してしまった方。

防衛の最前線である沖縄の知事である自覚のない玉城デニー氏の「平和」に
踊らされ投票してしまった方は、平和を愛し武力を持たなかった国の人々を見るべきです。

中共に併合された国の人々は、蹂躙され土地や財産を奪われ、反対の声をあげれば投獄拷問され、自国の文化や言葉さえ奪われ、武力と監視によって弾圧され民族存亡の危機に瀕している。

その現実をシッカリ見てほしいと思います。


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茅ヶ崎市・教育委員会、0467-82-1111へ ぜひとも問い合わせていただきたいと思います。
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こういったことを野放しにするということが、いかに重大な影響を及ぼすか?ということは、以前、お伝えしたように「竹林はるか遠く日本人少女ヨーコの戦争体験記」(ハート出版)の著者が米国で在米韓国人によって吊るし上げられたことでも分かるでしょう。

1986 (昭和61)年 刊行「竹林はるか遠く」は、米国教育課程の副読本として採用され多くの子供たちに親しまれていたのですが…

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この本がアメリカで出版されて20年経った2006年の秋。

ボストン付近に住む在米二世韓国人たちが突然怒りを爆発させ「中学生の教材」として採用されていた内容について「日本人を被害者にし、長年の日帝侵略が朝鮮人民に対して被害、犠牲、苦痛を与えた歴史を正確に書いていない」「強姦についても写実的に書いており、中学生の読むのにふさわしい本ではない」といった理由をつけて本を教材から外す運動をあらゆる手段を使ってやり始めた。

さらに、著者の父親が「731部隊に所属していた悪名高い戦犯であり、また慰安婦を満州に送った悪者である」といった事実に反することも言い始めた。

そこにボストン駐在韓国領事も仲間に加わり、この動きが世界中に広まったといいます。

「竹林はるか遠く 日本人少女ヨーコの戦争体験記」(竹林はるか遠くは、続編もあるのでこちらもお勧め)を読んだ人であれば、在米韓国人や駐在韓国領事がいっていることがデタラメで捏造されていると分かるはずです。

ヨーコ氏は本書の中でも「個人や民族を傷つけるためのものではなく、この物語を通して戦争の真っ只中に巻き込まれたときの生活、悲しみ苦しさを世の中に伝え平和を願うためのもの」と書いています。

そして、この物語の中で「自分たちの身の危険もいとわずに兄の命を助けて保護してくれた朝鮮人家族」のことを語っています。

ヨーコが、ひとり糾弾の場へ向かわなくてはならなかったことを思うと、アメリカに日本人はいなかったのか?と疑問がわくのは私だけでしょうか…

月刊WiLL2017年10月号で高山正之氏と杉田水脈氏の対談に『竹林はるか遠く 日本人少女ヨーコの戦争体験記』のことが掲載されていましたので一部を抜粋して、お伝えしたいことがあります。

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世界中で日本叩き

(高山) 日本人が「反論しない」という例で言えば『竹林はるか遠く 日本人少女ヨーコの戦争体験記』という本にまつわるエピソードがある。ヨーコ・カワシマ・ワトキンスが、昭和20年8月9日からソ連軍の侵入から逃れるため、今の北朝鮮からソウルまで逃げていく実話。
 その引き上げのときの朝鮮人の乱暴狼藉が詳しく書かれている。朝鮮人がはじめて知った幸せな時代がある日、ソ連の侵略で破られる。日本が敗戦国になったとたん、朝鮮人警察官が幼い彼女の家に押し入り、金目のものを奪っていく。落ち延びて行く途中、多くの日本人が朝鮮人に襲われ、女は犯され、男が虐殺された。それを見たまま書いた彼女の本はアメリカの中学生の副読本になった。

(杉田) 以前はそうだったのですが、私がニュージャージーへ行った時、韓国人、韓国系アメリカ人が反発して『私がキョウコだったころ』という副読本に変えられていました。日本の統治時代にどれほどひどい目にあわされたかと言う内容の本です。

(高山) えー、本当?

(杉田) その時、日本人は反論しなかった。ニュージャージーは今、6割近く韓国人が占める小学校があって、韓国人だけのPTAがあるようです。そのようなところから圧力がかかって副読本を変えられた。

(高山) そうなのか。米国で生活していたカワシマ・ワトキンスは数年前、彼女の書いた内容がおかしいと在米韓国人に非難され、ボストンの集会所へ呼び出されて吊るし上げられた。そこには在米韓国人と韓国の特派員、それから韓国の外交官も来ていたけれど、日本の特派員の外交官もだれ1人来なかった。

(杉田) ひどい話ですね。

(高山) たった1人でヨーコは糾弾されて、謝罪を強要された。在米韓国人はこの糾弾集会をきっかけにボード・オブ・スクール(日本の教育委員会)にねじ込んで「ヨーコ物語」を副読本から外せと大騒ぎした。その時はさすがに米国は要求を蹴った。

(杉田) 副読本が変えられたのはその後です。去年行った時に聞きました。うんざりする話です。

(高山) 『私がキョウコだったころ』はたぶん、それで「ヨーコ」を打ち消す意図で編み出されたのだろう。その時に、なんで日本の特派員になり外務省のスタッフが抗議に行かなかったのか。そこできっちり説明して、日本の新聞は大きく取り上げて書かなければいけない。反論というのはそういうものでしょ。


高山氏の「反論とはそういうものでしょ」という言葉は、今の私たちが重く受け止めるべき言葉ではないでしょうか?

日本人は、自分が悪者にされても我慢したり、いいたい奴にはいわせておけという方も少なくありません。

しかし、反論しないことで、ありもしないことが事実のように伝わり誤解が広がっていくケースがあることは皆さまも経験があるのではありませんか?

捏造や嘘の歴史で日本を貶め、世界へ発信しするような輩とは徹底的に戦う!

反論する!という姿勢を見せなくてはなならいと思います。

我々は、これら事実に基づかない歴史の捏造について大きな声をあげていかなくてはなりません!


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私は、花が好きなので、季節の花を訪ねて彼方此方と出かけます。

最近は見に行く時間を作れませんが、近くにも花は咲いています。

通勤で使う道にコスモスの花を見かける季節になりましたね。

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私は、人も花に似ている、そんな風に思っています。

心の風景さん、今日も哲学ですか?と思った方。

正解です!

今日は、続けるということについて書いてみたいと思います。

たとえば、仕事ですが、どんな職業でも、それを生業とするなら結果を求められるのは当然でプロとしてやる以上は言い訳はできないし結果が「信用」にも繋がります。

では、趣味でやってたら結果をださなくて良いのか?といえば、そんなことをいう方は、いつも「逃げ道」を用意しているんでしょうね。

この世は、競争・順位・優劣があるし、そこに成功も失敗もありますが、他者の評価に「価値」を置いていると自分を見失ってしまいます。

誰かに「承認」されたいという欲求は誰もが持っていますが、自分自身の人生を歩きたいなら、認められる、評価される、注目されるといったことを「目的」とすべきではないと思います。

好きなことを続けているスポーツ選手やアーティストも、楽をしてきた人なんて、おそらく一人もいないでしょう。

好きでなければ続けるのは難しいですが、好きだから苦労しないというのは違います。

同じ種を蒔いても同じように育たない花のように、人も同じだと思います。

花は、同じ種でも「土壌」や「陽射し」に影響を受けます。

けれど、あなたが咲かせる花は誰かの手が必要でしょうか?

技術や知識を習得するには、その道のスペシャリストに教わることがあります。
 
コツやテクニックを学ぶことは、上達への近道といえるでしょう。

要領良くできるようになれば作業効率も上がります。
 
人間一人ひとりに与えられている時間は平等ですから、時間の使い方は重要です。

しかし、時間を有効に使うということは、コツやテクニックを知ってショートカットをすることではないと思います。
 
コツやテクニックに走る方は、結果として中身がついていかない。
 
コツやテクニックで行けるのは、ある程度まででしょう。
 
自分で苦労しないと身につかないそういうモノがあるからです。
 
理解というのは、人それぞれ違うため同じところへは到達しない。
 
同じことを学んでも、それぞれの理解に差が生じる。
 
同じことをやっても、手くいく方といかない方がいる。
 
同じことを学んでも、違うものを創り出していく人がいる。
 
コツやテクニックに走ると上手くやることに意識がいき本質からズレていく
 
速く走るには、速く走るための筋力トレーニングや速く走れる身体を作ることが大事です。
 
そして、走る距離が短距離か長距離でトレーニングの方法が違ってくると思います。
 
そういう理論や仕組みを論理的に理解する。

府に落とすということは、人の敷いたレールの上にはないし人が見つけた答えの中にはないんです。
 
人に教えてもらったコツやテクニックだけでは自分のモノにはならない。
 
自分でやってみて、失敗したり、転んだりして経験を積んでいき、自分で考え、工夫して答えを見つけていく。
 
人は、それぞれ、何かを達成するために必要な過程や時間、努力も違うんです。
 
そういう中で、あなただけが見つけられるモノがある。

と、私は思います。
 
冬の凍てつく大地の下でも、しっかり根をはった植物というのは厳しい冬を越える。
 
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そして、冬を越えた植物は、春には美しい花を咲かせるものです。
 
 
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「巧言令色鮮なし仁」という論語は、よく知られているかと思います。

「巧言」は、口先だけ、言葉を飾るだけ、お世辞、口達者をいい、「令色」は、作り笑い、媚びを売る、猫撫で声などをいいます。

孔子は、寡黙で誠実な人柄を愛し、無骨で実直、飾り気のない人柄を評価した。

心の風景さん、今日は哲学ですか?と思った読者の方…正解です!

私は、もとは哲学思想カテゴリにいましたが、拉致問題や中共政府に弾圧されている国の人々に少しでも関心を持ってもらえたらと政治カテゴリで書くことにしたのです。

私の好きな哲学カテには「愛」「調和」などという世界に目を向けたことがない綺麗事が大好きなお花畑が多いですが、戦争、紛争、テロが蔓延るこの世界の「調和」を求めたいなら、血と汗と涙を流さなくてはならないことを知るべきです。

現実的に生きるということは、汗をかき、人に笑われること、恥をかくことは避けられない。

人は、大人になるにつれ「責任」が伴うからです。

自分のミスでなく部下がミスをしても頭を下げなければならないときがあると思います。

親になれば子供のことで頭を下げることもあるはずです。

いつまでも子供のままでいたい者が「責任」から逃れようとする。

生きていく過程では、キツイ、辛い、悲しいといった経験は避けて通れません。

そこから逃げていては、人としての成長や進化もない。

笑われたり馬鹿にされることがあったり悔しい思いをすることもあるはずです。

そうやって、人は傷つきながら、強く、そして、優しくもなっていくんです。

苦しいとき辛いときにこそ、自分という人間が分かります。

自分の正当性(私は悪くない)だけを訴えて、愚痴をいうだけなら誰にだってできます。

「挑む」より「投げ出す」のは簡単です。

「壊す」のは「作る」のと比較にならないほどたやすい。

「ものづくり」には、検証、試験、結果、問題の洗い出し、フィードバックが必要ですし、論理的に分析し修正を加えていくという面倒な作業は切り離すことができません。

そして、それを幾度となく繰り返して「良いもの」ができる。

それは、どんなことでも同じだと私は思っています。

嫌だと感じて止めてしまえば、その先にあるモノを見ることはないんです。

良いモノは、一つ一つ気の遠くなるような手間をかけてできあがるんです。

「仕事」も「学問」も「知識」も「人間関係」も「恋愛」や「家庭」も「自分という人間」も、同じことがいえると思います。

世界中で、ここ数年、地震や豪雨による自然災害が頻繁に起きています。

昨日まであったもの、当たり前のように暮らしてきた日々が失われていく現実があります。

生を受けたものは、必ず死を迎え、死は全ての生き物に平等に訪れます。

この世を生きる者は、ある意味「今」という「一瞬」が確かな時間ですから「今をどう生きるか」は、とても大事だと思います。


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この国を残すために命をかけて戦った人々がいます。

焼け野原から、この国を再生させた人々がいます。

今の日本は、そういう人々が残してくれた宝物です。

生きたくても生きられない時代があったことを…

どうか忘れないでください。


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今日は、ちょっと「幸せ」について書いておきたいと思います。

日本に住んでいると「恵まれている」ということに気づきにくいのかも知れないと私は思います。

そもそも「幸せ」などというものは「自分」が決めることなんです。

政治や経済を動かすもの会社や組織、その最小単位は個人ですよね?

自らの価値観を持ち自ら判断する。

苦しいとき、上手くいかないとき、思うように進まないとき…

生きていれば、いろんな壁にぶつかるものでははいでしょうか?

私も「拉致被害者全員奪還」を目指し自分にできることは何でもやるつもりです。

40年も動かなかったものが「私が頑張ったところでどうなるんだ?」と私は思いません。

どんなことでも何でも同じだと私は思っています。

ひとりから始まるし全ては「踏み出すこと」からです。

そして、継続していく先には必ずといっていい。

もう「駄目かも知れない」と思うときが何度もあると思います。

しかし、そういうときほど「自分」をシッカリと持っておくこと、他人の価値観による「幸せ」や「正義」にとらわれず、物事を自分の判断ですることが大事です。

そして、依存心はネガな感情にとらわれやすくするので、誰も何もしてくれないなら「自分で動かすしかない」ことを自分にいい聞かせるしかありません。

誰かや何かが変えてくれるのを待っている暇があったら「運命に挑む」ことです。

今日、生きられるかどうか分からない人々や今日、食べ物にありつけるか分からない人が世界には大勢います。

幸せというのものは「誰が決めるもの」なのでしょう。

今日、食事ができること。

仕事があること。

家族がいること。

健康であること。

それを「幸せ」だといわないのでしょうか?

日本に住んでいるというのは、とても恵まれているんです。

拙ブログでは、拉致被害のほかにシナに侵略併合され、中共政府に弾圧されている国の人々についても書いていますが「自分の国がある」ということは、本当に「幸せ」なことだと思います。


世界には、小学校さえ行くことができず路上で暮らす子供たちがいます。

親もなく劣悪な環境下で生き、紛争地では兵士としてしか生きていく手段がない子もいれば、さらわれて兵士にされる子もいる。

民族問題や宗教問題を抱えた国では命を奪われることなんて日常的にある。

子供の目の前で親が殺されることや犯されることがあっても、助けを求め泣き叫んでも誰も来ない。

誰も助けにきてくれない…

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・児童死亡率 3万3千人/日
(栄養、医療などの不備で死亡)

・地雷によって負傷する児童 約70人/日
(20分間に1人)

・戦争、紛争で死亡した児童 
冷戦後、10年間で200万 (大人の戦士より多い)

負傷した児童 500万

家を失った児童 1200万

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安全な日本で暮らし、五体満足で、愛する家族が居て、仲間や友人や大切な人と共に食卓を囲むことができる人というのは「幸せ」ではないでしょうか?

日本人の大半は、そういう「幸せ」な人だと私は思っています。

自ら切り開くことができる環境に生きているのですから、今の自分や今の環境に満足していないのであれば、自分ができる全てをやり尽くしてみることです。



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自分には自分に与えられた道がある。

天与の尊い道がある。

どんな道かは知らないが、他の人には歩めない。

自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。

広いときもある。

狭いときもある。

のぼりもあれば、くだりもある。

坦々としたときもあれば、かきわけかきわけ汗するときもある。

この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまるときもあろう。

なぐさめを求めたくなるときもあろう。

しかし、所詮はこの道しかないのではないか。

あきらめろと言うのではない。

いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、

とにかくこの道を休まず歩むことである。

自分だけしか歩めない大事な道ではないか。

自分だけに与えられているかけがえのないこの道ではないか。

他人の道に心を奪われ、思案にくれて立ちすくんでいても、

道は少しもひらけない。

道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。

心を定め、懸命に歩まねばならぬ。

それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは

必ず新たな道がひらけてくる。

深い喜びも生まれてくる。

- 松下幸之助 -

昨日、私が大切に思っているフォロワーの方が二人、精神的な疲労からしばらくツイデモを休むというつぶやきを読みました。

私は、この二人にブログを書いていることを伝えていないので読むことはないかも知れませんが、同じような方がいるかも知れないので書いておきたいと思います。

休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくるという言葉は、松下氏幸之助だからこそいえるのでしょう。

松下氏の経験によって裏打ちされた「信念」と「志」が読み取れる言葉です。

人は、具体的な目標がないと流されてしまう生き物でもありますから、勝ちたいくせに「努力はしたくない」という連中は、楽な所へ楽な所へと流されていきます。

しかし、一生懸命やっても、やっても、どんなに頑張っても結果がでないときというのは誰しも必ずあることだと思います。

松下氏の言葉「こけたら立ちなはれ」「失敗したところでやめるから失敗になる」「成功するまで続けたらそれは成功になる」などには、松下氏が、常に前向きに挑戦し続けた人であったと理解できます。

失敗して分かることもあれば、失敗しなければ分からないこともありますよね?

松下氏のように強い人ばかりではないですし、人は人、自分は自分と割り切って、自分のペースで物事を解決していくことが自分をいじめない生き方だと思います。

先の二人は、とても気持ちの優しい人で、いつも一生懸命で、だから拉致問題に関心のない方たちに腹を立て、拉致被害者やそのご家族に対する暴言を許さなかった。

私は、そういう真っ直ぐなところが二人の良いところだと思っています。

しかし、残念ながら人と自分は違い誰もが同じ気持ちになるとは限らないものです。

私もツイデモは毎週参加していますが、1時間と決めています。

40年も待ち続けた拉致被害者のご家族は皆ご年配ですから、もう一国の猶予もありませんが、それでも、私は私のできることをやっていくしかないのです。

これは、皆さまにもいえることだと思っています。

気持ちが先にいくことは悪いことではありませんが、自分の思い通りに物事が運ばないことが続くと自分をコントロールすることが難しくなるときがありますよね?

そんなときは、やはり無理をしているときであり、冷静な判断ができなくなっているときでもあるんです。

だから、休むことも大切なことなんですね。


人は、花の「根」に似ている思います。

我が家の庭には、例年、6月ごろドクダミが花を咲かせます。


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ドクダミは可憐な白く小さな花を咲かせますが、その繁殖力はすさまじいものがあり、地下茎植物であるため、抜いてもまた別のとこから生えてくるという植物です。

地下茎は地獄まで繋がっているといわれるほどで、まぁそれくらい根が深い。 

人の心根も植物の根と同じで、良くも悪くも深く根を張れば、また芽を出します。 

ドクダミは、土壌や日照に余り影響を受けず、根を枯らさないと確実にまた生えてきます。

ドクダミって、本当にタフなんですよね。 

向日葵の種を蒔けば、向日葵が咲きます。

朝顔の種を蒔けば、朝顔の花が咲きます。

向日葵の種を蒔いて、朝顔の芽が出てくることはありません。

同様に、朝顔の種を蒔いて、向日葵の芽が出てくることもない。

どんな種を蒔くかは、とても大事だと思います。

そして、深く根を張れば、何度でも花を咲かせることができます。

無理をせず、自分のペースで頑張っていくことが大切だと私は思います。

自分を甘やかすことと、自分を大切にするということは違うんですから。

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西日本豪雨の被災地には、16日も全国から大勢のボランティアが集まり、酷暑の中、支援に当たった。全国社会福祉協議会によると、14日からの3連休中に、被害の大きかった広島、岡山などを中心に被災府県に延べ約4万人が集結。仕事の都合で引き揚げる人は悔しさもにじませたが、被災者からは感謝の声が上がった。

【関連ニュース】西日本豪雨

 これまでに死亡が確認されたのは13府県で211人。安否不明者は19人で、懸命な捜索が続いた。各地で復旧作業も進み、岡山県倉敷市の真備町地区のうち、小田川の南側1300戸で16日正午に断水が解除された。
 同協議会によると、2014年8月に起きた広島市土砂災害で全国から集まったボランティアは2カ月間で約4万6000人。今回は、3日間でこれに及ぶ人数で、担当者は「復旧には時間がかかり、まだ必要だ。被災地に気持ちを寄せていただき、息の長い支援を」と呼び掛けている。
 16日に集まったボランティアは約1万人。倉敷市真備町地区や広島県呉市などで作業を続けた。
真備町箭田の女性(83)は大きなごみを運んでもらい、「これで親戚に部屋を洗ってもらうだけ。本当にありがたい」と感謝。一方、東京から支援に駆け付けた菅一菜美さん(32)は17日から仕事のため、被災地にとどまれない。「きょうしか来られなかった。また来たいが距離の問題で難しい」と悔しそうに話した。
 気象庁によると、16日の最高気温は倉敷市で36.1度(今年最高)、広島市安佐北区で35.1度、愛媛県大洲市で35.5度を記録。同庁は引き続き熱中症対策を取るよう呼び掛けている。
 総務省消防庁によると、16日正午時点で約4870人が避難所での生活を余儀なくされている。
(2018/07/16-22:20)jiji.com

ダウンロード

連休中には、延べ4万人のボランティアの方たちが被災地に訪れ、被災者の方かた感謝の声が上がっていました。

暑い中、本当にお疲れ様でした。

前回、何とかしてあげたい!と気持ちだけで出かけてしまうと被災地に迷惑をかけてしまうということをお伝えしましたが、今回、ニュースなどでも自己完結型が定着したとされボランティアの方の意識の高さがうかがえました。

ただ、こうした人たちは人を思いやる優しさが強いせいか、自分のことを後回しにしてしまうように思えます。

被災地は連日猛暑が続いており、体力に自身がある男性も不調で休んでいるところがニュースで映されていました。

全社協 被災地支援、災害ボランティア 2018/07/16平成30年7月豪雨(第9報)より抜粋

災害ボランティア活動を希望されるみなさんへ

災害ボランティア活動の際には熱中症に十分ご注意ください

 被災地では連日の猛暑のなか、ボランティアが熱中症を発症し、救急搬送される事態が頻発しています。  

熱中症を予防するためには、こまめに水分や塩分を補給すること、無理をせず活動の合間に十分な休憩をとることが重要です。

また、ボランティア活動前の体調管理にも十分に注意し、体調がすぐれないときには、野外での活動を控えることも必要になります。

これらに加え、万一体調のすぐれないボランティアを見かけた際には、すみやかに災害ボランティアセンターのスタッフやボランティアのリーダーに声をかけてください。

以下にリンクを貼っておきます。
舞鶴や京丹波ではボランティアは終了しています。
日々、ボランティア情報は変化しますので、下記のリンク先から情報を得て出かけてください。

くれぐれも、無理をされないように気をつけていってきてください。

https://www.saigaivc.com/20180716/


ダウンロード (1)

また、体力的な部分や時間的な面でボランティアには行けないという方は、以下の方法でサポートをお考えになってみてください。

みなさんにお願いしたい被災地支援 ~義援金・支援金~  

現地でのボランティア活動以外にも、被災地を応援できる身近なボランティア活動=募金があります。  社会福祉法人中央共同募金会では、今回の災害で被災された方々を支援することを目的に、義援金・支援金の募集を行っています。

義援金「平成30年7月豪雨災害義援金」  義援金は、寄付金の全額が手数料等を差し引くことなく被災状況に応じて按分の上、被災県共同募金会に送金され、被災地それぞれの行政、共同募金会、日本赤十字社支部等で構成される災害義援金の募集・配分委員会を通じ、委員会で定める配分基準に基づき各市町村を通じて被災された方々に配分されます。

 受付期間は、平成30年7月10日(火)から9月28日(金)までです。

支援金「平成30年7月豪雨災害 ボランティア・NPO活動サポート募金」

 社会福祉法人中央共同募金会では、今回の災害に対して、NPOやボランティア団体による被災者支援活動を応援する支援金の募集を開始しました。

支援金は、被災地で活動するNPO・ボランティア団体に助成します。

支援には様々な方法がありますので、無理のないサポートをお願いしたいと思います。




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