心の風景

タグ:中国共産党

【藤井厳喜先生ファン集合】8/12(日)18:00~東京の中野サンプラザにて。今回は藤井厳喜先生にもたっぷりお話していただく時間を設けます!事前予約不要。途中入退場可。飛び入り参加大歓迎

ウイグルの母と呼ばれるラビア・カーディル女史は、今年2月にも日本に訪れウイグル人のおかれている状況、中共政府による激しい弾圧について語られました。

拙ブログでは中共政府による「弾圧」に苦しむ多くのアジアの人たちについて書いていますが、中共の弾圧とはどのようなものかご存知ですか?

ご存知でないのなら、どのようなものかを「想像」されたことはありますか?

拉致問題もそうですが、それらはあなたに関係ないと思っているでしょうか?

そうであれば、あなたにお尋ねしたい。

あなたやあなたのご家族がそういった境遇になったら、あなたはどうするのですか?と…

中共は、日本を第二のウイグルにしようという目論見み、このままでは今ウイグルなどで行われていることが日本で起きかねない。

だからこそ、相手をよく知ってほしいと願います。

中共政府をよく知るラビア女史や藤井厳喜氏の話を聞いてほしいと思います。

どんな連中なのか?彼らはどのように侵略するのか?侵略後、何をするのか?

虎視眈々と尖閣諸島を領土にしようと狙っている隣国の脅威に日々さらされている我が国は、 尖閣周辺で中国当局の船が数え切れないほど確認されている。

平和憲法などというものは「侵略国家」の前には幻想です。

米軍が撤退したらどうなるか?米軍がフィリピンから撤退したあとどうなったか?

2014.1.21の産経記事によれば、中国は米軍の撤退を待ってましたとばかりにフィリピンが領有を主張していたミスチーフ礁に軍事施設を建設したとありました。

1950年代に仏軍が撤退すると、 シナは西沙諸島の東半分を占拠 (南越も同時期に西沙諸島進出)し、1973年に在南越米軍撤退後の1974年に西沙諸島全域支配(南越撃退) 。
1980年代半ばには在越ソ連軍縮小 し、シナは南沙諸島進出し南沙諸島の6か所を占拠。 
1992年に在比米軍が撤退するとミスチーフ礁占拠。
 2000年代に入ってからは南シナ海南部へ進出、2012年にスカボロー礁は事実上支配。

そして、シナは目障りで仕方ない米軍基地反基地活動を続けている。

我が国が、シナに侵略されるようなことがあれば「捏造された南京大虐殺」を植えつけられたシナ人によって、前回、記事にした「通州事件」のような残虐な行為が日本中で横行するでしょう。

侵略された国々を見れば、人を人とも思わないシナの蛮行には際限がないことがわかるでしょう。

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7月7日夕ウルムチ市内でウイグル族の暴動に
抗議して鉄パイプなど武器を持ち歩きながら
ウイグル族に反撃しようと動き回る漢族男性ら

2009年7月5日に、東トルキスタン(ウイグル)の中心都市ウルムチで行われたウイグル人の平和的な抗議行動がありましたが、中国当局の軍、警察によって、過剰な武力行使によって残虐に制圧され数千人のウイグル人がウルムチの町で殺害され、殆どのデモ参加者や当時街で見物していた人達も含めてが逮捕された。

その後も、東トルキスタン(ウイグル)全土における大逮捕キャンペーンによって、大量のウイグル人が投獄され、その多くは中国の杜撰な法体系により死刑が執行され、また多数の人達は行方不明となっています。 

そして、洗脳のための収容キャンプには150万人を超えるウイグル人が監禁されているといわれている。

ウイグルでは、ウイグル人の強制的同化、東トルキスタンに残るウイグル文化の土台を壊し未来のウイグルの母となる人々を真っ先に民族同化・民族浄化政策のターゲットにしている。

ウイグルの若い女性数十万人(30万人を超えていると発表されている)が、わずか数年間で東トルキスタンからいなくなる…

あと3年で「この世からウイグル人がいなくなる」といわれており、民族存亡にかかわる大変深刻な問題です。

ウイグルだけではありません。

40年にわたって日本が統治した内モンゴルでは、親日派のモンゴル人は文革期に日本のスパイというレッテルを貼られ殺戮された。

草原は漢民族に占領され抵抗すれば逮捕され牧畜民を農耕民に変え、モンゴル語による教育を廃止し中国語を強制…これは、チベットやウイグルでも行われている文化的ジェノサイドです。

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日本のメディアがこの問題を取り上げることはなく、普段「人権ガー」と叫ぶ「人権屋」も、この非人道的なシナの蛮行に沈黙している。

だから、あなたにお願いしたい。

声をあげられる日本という国から、真の人権を発信できるようにしたいのです。

そして、この日本という国を守りたいのです。

お年寄りや主婦の不安を煽り安部政権を倒そうとする反日メディアと、歴史を捏造し嘘を吐き、日本を我が物にしようと目論む隣国の脅威が迫っている。

いまだ目覚めていない者がいるのなら、彼らを起こさなくてはなりません。

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邦人多数虐殺「通州事件」 中国共産党の扇動判明 蜂起部隊に工作員接触

日中戦争(1937~45年)の開始直後、北京郊外で邦人多数が虐殺された37年7月の「通州事件」で、蜂起した親日地方政権の中国人部隊が、中国共産党の扇動工作を受けていたことが、中国での研究で明らかになった。日中戦争は今年で開始80年となるが、「抗日民族統一戦線」の結成を急ぐ当時の共産党が、敵対する親日政権の軍・警察組織に離反を働きかけたことで、惨劇につながる蜂起の素地が事前に形成されていたことが裏付けられた。(編集委員 山本秀也)

通州事件を起こした「冀東(きとう)防共自治政府」(所在地・通州)の「保安隊」をめぐっては、国民党政権の軍・地方長官と保安隊幹部の通謀が判明する一方、共産党の関与に関しては、日本では可能性が指摘されながら実態が明示されていなかった。

 共産党の関与を示す研究は、党史や地方史に関する報告として、河北省唐山市の機構が運営する研究サイト「政協唐山文史網」や、歴史専門誌「国家人文歴史」などで、近年相次ぎ公表された。

 それによると、河北省周辺での地下活動を統括した共産党北方局(劉少奇書記)の下で、「黎巨峰(れい・きょほう)」「王自悟(おう・じご)」という工作員が、35年の冀東防共自治政府の成立直後から、保安隊の張慶余(ちょう・けいよ)・第1総隊長、張硯田(ちょう・けんでん)・第2総隊長と関係を構築した。

 この接触で、共産党は「抗日救国に一致団結する大義」を張らに植え込んだほか、保安隊内への浸透も進めた。

さらに、盧溝橋事件に始まる日中戦争以前に華北一帯で頻発した抗日活動も、共産党の工作が奏功したものだと指摘。

 実例として、36年11月、河北省昌黎県を列車で移動中の山海関守備隊長、古田竜三少佐ら日本軍将校5人が、同じ保安隊の兵士に拉致された事件について、共産党に影響された張硯田の指示だったことを明らかにした。

 35~36年当時、毛沢東率いる共産党は、陝西省北部の根拠地で国民党軍の包囲を受けつつ、党勢の立て直しを模索。国民党や親日勢力を取り込む「抗日民族統一戦線」の構築を方針に掲げ、国民党などの支配地域で地下工作を進めていた。

 保安隊工作にあたった黎巨峰は、小学校の教員を務めた地下党員。「通州兵変(クーデター)の推進役」として評価される。事件後は河北省東部(冀東)地区で共産党武装組織の幹部となり、38年8月に同省楽亭県での暴動を組織した。

 張慶余らは、盧溝橋事件(37年7月7日)で日本軍と衝突する二十九軍の軍長などを務めた国民党の宋哲元らと事前に通じ、資金を供与されていたとされる。

 通州事件で、保安隊は7月28日の深夜から行動に移り、第1総隊が日本軍守備隊の攻撃、第2総隊が外部との連絡切断、教導総隊が駅の制圧と日本軍増援部隊の阻止を担当した。共産党が蜂起計画に直接関与したのか、あるいは一般居留民の被害まで想定していたのかはなお不明だ。

 蜂起を指揮した張慶余らは通州事件の後、国民党軍の中将となり、戦後まで生存。中国では「抗日将領」として評価されている。2017.1.4 産経ニュース
https://www.sankei.com/world/news/170104/wor1701040025-n2.html

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1937年7月29日、この日、保安隊の衛兵が12時を期して今晩に限って東西南北の城門を全てを閉じたが、誰も疑念を抱く者はなく城内の人々は眠りについた。

邦人の安全責任を負うはずの保安隊が城内に三千三百名、城外に二千五百名に対し、日本側の警備陣は用務員や小使を含めてたった百二十名しかいなかった。

日本人を襲ったのは、日本人を守る立場の中国人保安隊。

居留民の死者、二百二十五名(うち百十一名が朝鮮人)、守備人関係死者、三十二名、合計 二百五十七名が無残に殺害されたが、この事件で政府に雇われていた中国人は一人も殺されていない。


そして、これは突発的な事件ではなく産経ニュースで掲載されたように周到に練られた陰謀だった。

この事件で学生といわれている者たちは、国民党配下の特殊武闘集団で教導隊に紛れ込んでいた殺人集団…その蔭に蔣介石の指揮指導があった。


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殺人を楽しむ傾向はこの殺人鬼らに限ったことではなく、中国古来の風習に根付いたものと考えられ、明代の皇帝は、この「残虐な殺人を好み」敵対する一族全員を捕らえると肉を削ぎ落とす陵遅刑に処し、1905年~明治まで、こうした刑罰がシナではまかり通っていた。


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日本中を慟哭させたシナの残虐な手口は、夫が中国人で通州に住んでいた佐々木テンさんによる「通州事件 目撃者の証言」より紹介したいと思います。


七月二十九日の朝、まだ辺りが薄暗いときでした。
突然私は沈さんに烈しく起こされました。

大変なことが起こったようだ。
早く外に出ようと言うので、私は風呂敷二つを持って外に飛び出しました。

沈さんは私の手を引いて町の中をあちこちに逃げはじめたのです。
町には一杯人が出ておりました。
そして日本軍の兵舎の方から猛烈な銃撃戦の音が聞こえて来ました。

でもまだ辺りは薄暗いのです。

何がどうなっているやらさっぱりわかりません。

只、日本軍兵舎の方で炎が上がったのがわかりました。

私は沈さんと一緒に逃げながら、

「きっと日本軍は勝つ。負けてたまるか」という思いが胸一杯に拡がっておりました。
でも明るくなる頃になると銃撃戦の音はもう聞こえなくなってしまったのです。

私はきっと日本軍が勝ったのだと思っていました。

それが八時を過ぎる頃になると、シナ人達が、「日本軍が負けた。日本人は皆殺しだ」と騒いでいる声が聞こえて来ました。

突然私の頭の中にカーと血がのぼるような感じがしました。

最近はあまり日本軍兵舎には行かなかったけれど、何回も何十回も足を運んだことのある懐かしい日本軍兵舎です。

私は飛んでいって日本の兵隊さんと一緒に戦ってやろう。

もう私はどうなってもいいから最後は日本の兵隊さんと一緒に戦って死んでやろうというような気持ちになったのです。

それで沈さんの手を振りほどいて駆け出そうとしたら、沈さんが私の手をしっかり握って離さないでいましたが、沈さんのその手にぐんと力が入りました。

そして、「駄目だ、駄目だ、行ってはいけない」と私を抱きしめるのです。

それでも私が駆け出そうとすると沈さんがいきなり私の頬を烈しくぶったのです。

私は思わずハッして自分にかえったような気になりました。

ハッと自分にかえった私を抱きかかえるようにして家の陰に連れて行きました。

そして沈さんは今ここで私が日本人ということがわかったらどうなるかわからないのかと強く叱るのです。

それで私も初めてああそうだったと気付いたのです。

私は沈さんと結婚してシナ人になっておりますが、やはり心の中には日本人であることが忘れられなかったのです。

でもあのとき誰も止める者がなかったら日本軍兵舎の中に飛び込んで行ったことでしょう。

それは日本人の血というか、九州人の血というか、そんなものが私の体の中に流れていたに違いありません。

それを沈さんが止めてくれたから私は助かったのです。

八時を過ぎて九時近くになって銃声はあまり聞こえないようになったので、これで恐ろしい事件は終わったのかとやや安心しているときです。

誰かが日本人居留区で面白いことが始まっているぞと叫ぶのです。
私の家から居留区までは少し離れていたのでそのときはあまりピーンと実感はなかったのです。

そのうち誰かが日本人居留区では女や子供が殺されているぞというのです。

何かぞーっとする気分になりましたが、恐ろしいものは見たいというのが人間の感情です。

私は沈さんの手を引いて日本人居留区の方へ走りました。

そのとき何故あんな行動に移ったかというと、それははっきり説明は出来ません。

只何というか、本能的なものではなかったかと思われます。

沈さんの手を引いたというのもあれはやはり夫婦の絆の不思議と申すべきでしょうか。

日本人居留区が近付くと何か一種異様な匂いがして来ました。

それは先程銃撃戦があった日本軍兵舎が焼かれているのでその匂いかと思いましたが、それだけではありません。

何か生臭い匂いがするのです。

血の匂いです。
人間の血の匂いがして来るのです。

しかしここまで来るともうその血の匂いが当たり前だと思われるようになっておりました。

沢山のシナ人が道路の傍らに立っております。

そしてその中にはあの黒い服を着た異様な姿の学生達も交じっています。
いやその学生達は保安隊の兵隊と一緒になっているのです。

そのうち日本人の家の中から一人の娘さんが引き出されて来ました。
十五才か十六才と思われる色の白い娘さんでした。

その娘さんを引き出して来たのは学生でした。
そして隠れているのを見つけてここに引き出したと申しております。

その娘さんは恐怖のために顔が引きつっております。

体はぶるぶると震えておりました。

その娘さんを引き出して来た学生は何か猫が鼠を取ったときのような嬉しそうな顔をしておりました。そしてすぐ近くにいる保安隊の兵隊に何か話しておりました。

保安隊の兵隊が首を横に振ると学生はニヤリと笑ってこの娘さんを立ったまま平手打ちで五回か六回か殴りつけました。

そしてその着ている服をいきなりバリバリと破ったのです。

シナでも七月と言えば夏です。暑いです。

薄い夏服を着ていた娘さんの服はいとも簡単に破られてしまったのです。

すると雪のように白い肌があらわになってまいりました。
娘さんが何か一生懸命この学生に言っております。

しかし学生はニヤニヤ笑うだけで娘さんの言うことに耳を傾けようとはしません。

娘さんは手を合わせてこの学生に何か一生懸命懇願しているのです。
学生の側には数名の学生と保安隊の兵隊が集まっていました。

そしてその集まった学生達や保安隊の兵隊達は目をギラギラさせながら、この学生が娘さんに加えている仕打ちを見ているのです。

学生はこの娘さんをいきなり道の側に押し倒しました。
そして下着を取ってしまいました。
娘さんは「助けてー」と叫びました。

と、そのときです。
一人の日本人の男性がパアッと飛び出して来ました。
そしてこの娘さんの上に覆い被さるように身を投げたのです。

恐らくこの娘さんのお父さんだったでしょう。

すると保安隊の兵隊がいきなりこの男の人の頭を銃の台尻で力一杯殴りつけたのです。

何かグシャッというような音が聞こえたように思います。
頭が割られたのです。

でもまだこの男の人は娘さんの身体の上から離れようとしません。
保安隊の兵隊が何か言いながらこの男の人を引き離しました。
娘さんの顔にはこのお父さんであろう人の血が一杯流れておりました。

この男の人を引き離した保安隊の兵隊は再び銃で頭を殴りつけました。
パーッと辺り一面に何かが飛び散りました。
恐らくこの男の人の脳髄だったろうと思われます。

そして二、三人の兵隊と二、三人の学生がこの男の人の身体を蹴りつけたり踏みつけたりしていました。
服が破けます。
肌が出ます。
血が流れます。

そんなことお構いなしに踏んだり蹴ったりし続けています。

そのうちに保安隊の兵隊の一人が銃に付けた剣で腹の辺りを突き刺しました。
血がパーッと飛び散ります。

その血はその横に気を失ったように倒されている娘さんの身体の上にも飛び散ったのです。

腹を突き刺しただけではまだ足りないと思ったのでしょうか。
今度は胸の辺りを又突き刺します。

それだけで終わるかと思っていたら、まだ足りないのでしょう。
又腹を突きます。胸を突きます。何回も何回も突き刺すのです。

沢山のシナ人が見ているけれど「ウーン」とも「ワー」とも言いません。
この保安隊の兵隊のすることをただ黙って見ているだけです。

その残酷さは何に例えていいかわかりませんが、悪鬼野獣と申しますか。
暴虐無惨と申しましょうか。
あの悪虐を言い表す言葉はないように思われます。

この男の人は多分この娘さんの父親であるだろうが、この屍体を三メートル程離れたところまで丸太棒を転がすように蹴転がした兵隊と学生達は、この気を失っていると思われる娘さんのところにやってまいりました。

この娘さんは既に全裸になされております。
そして恐怖のために動くことが出来ないのです。

その娘さんのところまで来ると下肢を大きく拡げました。
そして陵辱をはじめようとするのです。

シナ人とは言へ、沢山の人達が見ている前で人間最低のことをしようというのだから、これはもう人間のすることとは言えません。

ところがこの娘さんは今まで一度もそうした経験がなかったからでしょう。
どうしても陵辱がうまく行かないのです。

すると三人程の学生が拡げられるだけこの下肢を拡げるのです。

そして保安隊の兵隊が持っている銃を持って来てその銃身の先でこの娘さんの陰部の中に突き込むのです。

こんな姿を見ながらその近くに何名ものシナ人がいるのに止めようともしなければ、声を出す人もおりません。
ただ学生達のこの惨行を黙って見ているだけです。

私と沈さんは二十メートルも離れたところに立っていたのでそれからの惨行の仔細を見ることは出来なかったのですが、と言うよりとても目を開けて見ておることが出来なかったのです。

私は沈さんの手にしっかりとすがっておりました。
目をしっかりつぶっておりました。

するとギャーッという悲鳴とも叫びとも言えない声が聞こえました。
私は思わずびっくりして目を開きました。

するとどうでしょう。
保安隊の兵隊がニタニタ笑いながらこの娘さんの陰部を切り取っているのです。

何ということをするのだろうと私の身体はガタガタと音を立てる程震えました。

その私の身体を沈さんがしっかり抱きしめてくれました。
見てはいけない。
見まいと思うけれど目がどうしても閉じられないのです。
ガタガタ震えながら見ているとその兵隊は今度は腹を縦に裂くのです。

それから剣で首を切り落としたのです。

その首をさっき捨てた男の人の屍体のところにポイと投げたのです。
投げられた首は地面をゴロゴロと転がって男の人の屍体の側で止まったのです。

若しこの男の人がこの娘さんの親であるなら、親と子がああした形で一緒になったのかなあと私の頭のどこかで考えていました。


220px-東京朝日新聞_通州事件の記事


当時中国を取材していたアメリカ人ジャーナリストフレデリック・ヴィンセント・ウィリアムズは1938年11月にBehind the News in Chinaを刊行し以下のように報道している。

日本人は友人であるかのように警護者のフリをしていた支那兵による通州の日本人男女、子供等の虐殺は、古代から現代までを見渡して最悪の集団屠殺として歴史に記録されるだろう。それは1937年7月29日の明け方から始まった。そして一日中続いた。日本人の男性、女性、子供たちは野獣のような支那兵によって追い詰められていった。家から連れ出され、女子供はこの兵隊の暴漢どもに暴行を受けた。それから男たちと共にゆっくりと拷問にかけられた。ひどいことには手足を切断され、彼等の同国人が彼等を発見したときには、ほとんどの場合、男女の区別もつかなかった。多くの場合、死んだ犠牲者は池の中に投げ込まれていた。水は彼等の血で赤く染まっていた。何時間も女子供の悲鳴が家々から聞こえた。支那兵が強姦し、拷問をかけていたのだ。

— Frederick Wiliams、Behind the News in China, New York: Nelson Hughes Company,1938.



ひとつの場所に集められ一日中拷問を続けたシナの殺人鬼らについて書いておきたいのですが、日本では敵側に寝返りをうったり投降したりすることは武士道の最も恥ずべき行為とされ、日本人はそれを嫌います。

しかし、シナでは「反正」といって正しきにかえるとし、シナには手のひらを返す行為が「恥という文化がない」ことを覚えておいてほしいと思います。

日本人が味方と信じていた保安隊が2年も前から各地で同時に反乱を起こす機会を狙っており、通州にとどまることなく、天津の日本租界・軍関係機関をはじめ、大沽、塘沽、軍糧城など邦人が多数居留する区域を一斉に襲撃する計画があった。

しかし、こうした「事実」があったにもかかわらず、歴史から忘れ去られなかったかのように日本国内で「問題」にされてない。

中国が歴史を捏造し、日本に酷い非難を浴びせても外務省は反撃しない。
反撃の材料のひとつである「通州事件」にしても一度も言及していない。
学校でも通州事件を含め教えていない。

そして、もっとも許しがたいのは「通州事件」でのできごとが「南京大虐殺」とすりかえられ、ユネスコに世界遺産として登録されてしまったことです。


かつて盧溝橋事件を発端とした「抗日運動」があったように、今また「反日運動」が中共政府によって展開されていることを考えれば同じことが起こりかねない。

少し前に、「多くの悪しき隣人の中に、日本人のために命をかけてくれた良き隣人がいた」という記事を書きました。

http://kokorone.blog.jp/archives/25025538.html?ref=popular_article&id=7512867-1268700

通州事件のときに、命をかけて日本人を守ってくれた中国の人がいます。

しかし、それとこれは別に考えなくてはなりません。

シナ人をひとくくりに考えてはいけませんが、捏造に対して断固として声をあげ反撃していかねばなりません。


歴史の真実に目を背けず、歴史の事実を拡散し、日本悪玉論を軸とするシナの捏造を断じて許してはならない。


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先日、沖縄戦から73年 戦没者追悼式の浦添市立港川中学校3年 相良倫子「平和の詩」がネットで話題になっていましたね。

私は、生きている。
マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、
心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、
草の匂いを鼻孔に感じ、
遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

私は今、生きている。

私の生きるこの島は、何と美しい島だろう。
青く輝く海、岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、
山羊の嘶き、小川のせせらぎ、畑に続く小道、
萌え出づる山の緑、優しい三線の響き、照りつける太陽の光。

私はなんと美しい島に、生まれ育ったのだろう。

ありったけの私の感覚器で、感受性で、島を感じる。
心がじわりと熱くなる。

私はこの瞬間を、生きている。

この瞬間の素晴らしさがこの瞬間の愛おしさが
今と言う安らぎとなり私の中に広がりゆく。

たまらなく込み上げるこの気持ちをどう表現しよう。
大切な今よかけがえのない今よ

私の生きる、この今よ。

七十三年前、私の愛する島が、死の島と化したあの日。
小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
草の匂いは死臭で濁り、光り輝いていた海の水面は、
戦艦で埋め尽くされた。

火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、
燃えつくされた民家、火薬の匂い。
着弾に揺れる大地。血に染まった海。
魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

みんな、生きていたのだ。
私と何も変わらない、懸命に生きる命だったのだ。
彼らの人生を、それぞれの未来を。
疑うことなく、思い描いていたんだ。
家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。
仕事があった。
生きがいがあった。
日々の小さな幸せを喜んだ。
手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。

それなのに。
壊されて、奪われた。
生きた時代が違う。
ただ、それだけで。
無辜の命を。
あたり前に生きていた、あの日々を。

摩文仁の丘。
眼下に広がる穏やかな海。
悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。
私は手を強く握り、誓う。
奪われた命に想いを馳せて、心から、誓う。

私が生きている限り、
こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
もう二度と過去を未来にしないこと。

全ての人間が、国境を越え、人種を越え、
宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。
生きる事、命を大切にできることを、
誰からも侵されない世界を創ること。
平和を創造する努力を、厭わないことを。

あなたも、感じるだろう。
この島の美しさを。
あなたも、知っているだろう。
この島の悲しみを。
そして、あなたも、私と同じこの瞬間(とき)を一緒に生きているのだ。
今を一緒に、生きているのだ。

だから、きっとわかるはずなんだ。
戦争の無意味さを。
本当の平和を。
頭じゃなくて、その心で。
戦力という愚かな力を持つことで、
得られる平和など、本当は無いことを。

平和とは、あたり前に生きること。
その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

(以下略)

私が一番嫌いなのは、災害などで全てを奪われた人々へ 暖かい部屋、安全な場所から「被災地の人のために祈りましょう」と寝言を並べるような偽善者と、事実を知りもしないくせに正義を振りかざす無知な方たちです。

平和を騙るこの手の方は、SEALDsと同じに観えてしまう。

かつてSEALDsは「敵国が攻めてくるというのなら、とことん話して酒飲んで遊んで食い止めます」という迷言を吐いた。

その寝言を聞いて「やってみろよ」と多くの方が思われたことでしょう。

中心メンバーの奥田が、自分や家族に向けた殺害予告を受けて震え上がり、それまで散々毒づいていた警察に慌てて駆け込んだことはよく知られています。

立場が危うくなると真っ先に逃げ出す口先だけの連中が嫌いです。

9条信者は日本の平和を9条のお蔭だと思っているようですが、日本は平和などではありません。

我が国は、尖閣諸島を領土にしようと狙っている隣国の脅威に日々さらされ、 尖閣周辺で中国当局の船が数え切れないほど確認されている。

シナによる領海侵犯は増加し続け領海だけでなく領空侵犯も増加傾向にある。

我が国が平和を保っていられるのは、アメリカの基地が日本にあり自衛隊や海保が国民の安全のため命をかけて守っているからです。

平和などというものは「侵略国家」の前には幻想です。

南モンゴル、チベット、ウイグル(東トルキスタン)を見て平和とは何かを考えてほしいと思います。
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シナに併合された国々は、その民族が培ってきた伝統・文化、全てを破壊され、家族を奪われ、民族が根絶やしにされようとしている。

ウイグルでは、ウイグル人の強制的同化、東トルキスタンに残るウイグル文化の土台を壊し、未来のウイグルの母となる人々を真っ先に民族同化・民族浄化政策のターゲットにしている。

ウイグルの若い女性数十万人(30万人を超えていると発表されている)が、わずか数年間で東トルキスタンからいなくなる…あと3年で「この世からウイグル人がいなくなる」といわれ民族存亡にかかわる大変深刻な問題です。

声をあげられる日本という国から人権を発信できるようにしたい…

日本人は、中共の侵略に苦しむアジアの人々を見殺しにしないのだと。

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‪ウイグルだけではなく内モンゴル、チベットでも人権弾圧が厳しさを増しています…‬SNSは監視され、DNAを収集、モンゴル人農牧地の一方的な接収。

反対者は逮捕され拷問。

デモさえできないアジアの国は広島や長崎以上の被爆国です。

その国では、声をあげただけで逮捕され拷問虐殺されたのです。

中共政府による人権侵害は看過できません!

皆それぞれ仕事や家事や学校があるので時間を作るのは難しいかも知れませんが、できないことから考えるのではなく、できることを考えてほしいと思います。

あなたにしかできないことがあるかも知れませんが、声をあげることは誰にでもできることです。

本当に「平和を叫びたい」なら今このときです。

#拡散/#日本ウイグル協会 http://uyghur-j.org/japan/  
(代表/#イリハム・マハムティ)は 【#フリーウイグル!中国政府の人権弾圧糾弾デモ】を行います! 7月1日(日)14時集合、14時半出発@柏木公園(西新宿7-14) 中共の虐殺弾圧に苦しむウイグル人達のために立ち上がろう! ご参加下さい!


時間や距離の関係でデモに参加できないという方は、ツイッターなどで事実を拡散してください。
 
大きな力なんて誰も持ってはいないのです。

だから人は、時に人を頼り時に人を励まし、互いに助け合うのではないでしょうか?


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上野動物園(東京都台東区)のパンダが誕生してから、ときおりニュースでシャンシャンの成長が取り上げられるようになりましたね。

2017年6月12日、東京都恩腸上野動物園(以下:上野動物園)で生まれた赤ちゃんパンダのシャンシャンは来月 で1歳になります。

すくすく育っていくシャンシャンを見て、その成長を喜び誰もが「可愛い」と声にするでしょう。

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私もフワフワした動物が好きなので複雑な心境で見ています…

国内でパンダが誕生し無事1年を迎えられるのは動物園の職員さんたちの苦労の賜物です。

しかし、その「パンダの歴史」をメディアが取り上げることはない。

ご存知の方もいると思いますが、ジャイアントパンダはチベット国のパンダであり中国共産党の侵略によって奪われました。

現パンダが、唯一自然界に生息する現生息地は四川省成都西。

そこは、1950年代に中国人民解放軍が侵攻した地で、チベット併合前の中国内にはパンダはいないんです。

侵略によって他国の財産を奪い取って国を保っている。

侵略国家、それが、China

侵略され、国有財産、民族の伝統・文化を奪われ、凌辱され命を奪われ、支配され監視されている国が、南モンゴル、チベット、東トルキスタンです。

日本では「チベット自治区」と呼ばれていますが、チベット自治区だけでも123万㎢ありチベット本来の範囲は広大な面積です。

四川省西半分はチベット高原で、それは省都である成都のすぐ西から始まり成都から南西に240㎞ほどのところにあるミニヤ・コンカ山の標高は7556m。

成都は古くからシナ人が居住し三国志の蜀の都ともなったところです。

シナ人は「チベット高原」に上ることができず、高原はチベット人の世界であり、パンダは、このチベット高原の東端の地域に生息している動物です。

だから、多くの心ある方たちが、パンダは「チベット固有」の動物であるとメッセージを発信しているのです。

チベットがシナに侵略支配されパンダが「中国」の動物になってしまったという事実を、いったいどれだけの方が知っているでしょう?

シナのチベット侵略によって、パンダが「日本にレンタル」され外交に利用されていることを多くの方に知って欲しいと思います。

そして、今年2月の名護市長選で「稲嶺」氏が、名護にお願いしたい子どもに夢と希望を与えるなどとパンダを希望したことは記憶に新しいでしょう。

パンダは、世界中へ外交のカードとして利用されている。

可愛いパンダがやってこれば、みなが歓迎しブームを巻き起こす。

しかし、シナにとっては外交ツールでしかない。

パンダ外交は、ほんの数十年前(1970年ごろ)まで世界中から孤立していたシナが、希少動物を使って世界に振り向いてもらおうとする外交政策でしたから、パンダは「友好の証」として無償譲渡され文字通り外交的貸しを作り政治利用していた。

中国は、その後、ワシントン条約に加盟(1981年)し無償譲渡を終わらせ、そして、今、世界中の動物園に共同研究や繁殖などを目的として有料で貸し出すビジネスを展開している。

パンダのレンタル価格は、先の名護市長選で皆が知るところとなりましたが、2頭で年間、約1億円。

そして、そのパンダも中国国内での飼育に問題があるのではないかと、8頭のパンダに目の周辺の毛がなくっていることから疑念が持ち上がりニュースにもなりましたが原因は不明とだけありました。

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また、ファー欲しさにパンダの密漁も絶えないという。

パンダだけではありませんけどね…

毛皮をほしがる輩がいる限り、こういう残酷な現実もなくならない。

もし、拙ブログを読まれた方が女性であれば毛皮について考えてほしいと思います。

そして、本当に「日本にパンダが必要なのか?」も考えていただけたらと思います。





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相撲界の卑しい連中によってモンゴルのイメージは悪くなる一方ですが、モンゴルには外モンゴル・内モンゴル(中共に併合されている)があり、ひとくくりにせずに観てほしいと思います。

相撲界の評判を落とした朝青龍、白鳳の出身は外モンゴル。

南モンゴルというのは内モンゴル。

文化大革命で虐殺された親日民族…

文革時の内モンゴルは150万人近くモンゴル人が暮らしていたといわれており、うち34万人が逮捕、2万7900人が拷問により殺害された。

内モンゴルでは「モンゴル人」という理由だけで虐殺が行われたという証言があり、証言者の祖父も満州国時代に日本人と親しかったというだけで、戦後中国当局から迫害されたという。

モンゴル人を中国の敵とし、旧満州国には中国の敵が多いと兵士を動員、漢民族の労働者と農民を扇動して殺戮へと駆り立てた…

日本がもし中共の手に落ちれば、同じように捏造された南京大虐殺によって、中国の敵として「日本人」というだけで虐殺されるでしょう。

40年にわたって日本が統治した内モンゴルで、日本は教育への投資に力を入れていた。

そのため親日派のモンゴル人は、文革期に日本のスパイというレッテルを貼られ殺戮された。

内モンゴルでの弾圧は今も続き、草原は漢民族に占領され抵抗すれば逮捕され牧畜民を農耕民に変え、モンゴル語による教育を廃止し中国語を強制…これは、チベットやウイグルでも行われている文化的ジェノサイドです。

高須クリニック院長がチベットの惨事を伝え、世界ウイグル会議総裁のラビア・カーディル女史がウイグル開放を叫び、チベット・ウイグルへの弾圧は、日本でも知られるようになりましたが、南モンゴルで行われている中共の弾圧を知らない方や、もしかしたら南モンゴルがよく分からないという方もいるでしょう。
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中国では「内モンゴル自治区」と呼称されている地域、その南モンゴルでも、チベット・ウイグルへの弾圧同様、伝統、文化、経済、人権、環境が破壊されています。

南モンゴルは内モンゴル自治区(1947年成立し、1949年に正式に中国に組み込まれた)となって中国の一部に組み込まれてから現在に至るまでの間に多くの人が亡くなっているのです。

文化大革命では、すさまじい数のモンゴル人が犠牲になり、南モンゴルの政府高官や兵士、知識人が殺され、当時南モンゴルの人口は150万人といわれる、その内100万人が逮捕され死傷者は数十万人にのぼる。

中共は、いつも侵略後に残虐さをあらわにし、女子供を吊るし上げて拷問し、素足で火の上を躍らせ、ペンチで歯を抜くなどの思いつく限りの残虐行為をする彼らの悪逆非道さは書ききれない…正直、不快さがMaxに達し…書く気にさえなれない。

人民解放軍の劉小隊長の伝記には「モンゴル人たちが全員死んでも問題ない。わが国の南方にはたくさん人間がいる。モンゴル人たちの生皮を剥ごう」とまで書かれていたという。

中共は、どこの国でも同じことを繰り返している…本当にウンザリする。

南モンゴルの惨事は昔話ではなく今も続いていることを知ってほしい。

一人でも多くの日本人に知ってもらいたいと思います。

牧畜民を農耕民に変えた中共は、南モンゴル地域で畑や水田が作られたことを成功といっていますが、モンゴル草原は農学的に見て非常に砂漠化しやすいところだといいます。

中共による60年あまりの植民支配の間、モンゴル人の土地や資源は漢人に奪われ、モンゴル人学校は廃校、道徳、価値観、伝統、文化が消えようとしているのです。

南モンゴル人の土地、経済基盤、伝統、文化などすべてを失っていく。

これは、今、ウイグルでも行われている中共政府による民族を絶滅政策です。

中国当局の政策により、1950年代から今日に至るまで大量の中国人が南モンゴルに移住していることも、同じように侵略併合された国々で行われている。

今や内モンゴル自治区の80%が中国人だという。

南モンゴルのことはチベットやウイグルほど声があがらない…

同じアジアの民族が苦しんでいる…彼らは満州時代、日本人と親しくしていた民族、そのためにスパイだというありもしないことでレッテルを貼られ拷問され惨殺されていった。

中共による侵略。

ウイグル、チベットなどが侵略された事実は国際的にも今や有名です。

しかし、最初に侵略されたのは南モンゴル…その南モンゴルを植民地の実験台にした経験を、ウイグル、チベットで実行している。

中共を野放しにしておくと、やがて日本も危機を招くでしょう。

「犠牲者120万人 祖国を中国に奪われた チベット人が語る 侵略に気づいていない日本人」の著者であるペマギャルポ氏は、以下のように訴えています。

祖国を騙し取られたが消して中共だけが悪いのではない。中共が東チベットで侵略を始めたとき、国の半分は他人事のように無関心だった。北海道や沖縄で今起きていることに国民が無関心だとチベットの二の舞を演じることになる。と…

日本は、かつて東トルキスタンが侵略されたときと同じようだと、中国におけるウイグル人の人権擁護を訴える「ウイグルの母」とも呼ばれているラビア・カーディル女史が何年も前に小野寺まさる氏に語られています。

今、中国国内で北海道の土地を売買をはじめとして、日本へ移住しているのをご存知の方も多いでしょう。

日本政府は、人権問題や安全保障問題にもっと本腰を入れなくてはなりません。

今日は、憲法記念日。

今の憲法が、果たして平和憲法といえるのか?

侵略国家の前に平和国家などというのは幻想に過ぎません。

侵略された国々で起きている惨事を見れば、それがよく理解できるでしょう。

憲法改正反対などと訴えている方は、侵略された国の人々がどんな酷い目に遭わされているかを見るべきです!

そして、そういう事実を知る方たちは政府を後押ししていきましょう。

自民党参議院議員、山田宏氏は、先月以下のツィートをあげています。


中国の内モンゴル自治区(南モンゴル)での人権弾圧が厳しさを増している。SNSの監視、モンゴル人DNA収集、モンゴル人農牧地の一方的な接収、反対者の逮捕、モンゴル語や文化の軽視。ウィグルやチベットの団体と共に、中国政府による人権侵害と覇権主義に対抗する国際的な団体を構築すると。協力したい。@yamazogaikuzo
 
私たちは、声をあげたからといって中共政府に連れ去ることはありません。

声をあげることさえできない、デモさえできない、押し付けられた政策に対抗すれば逮捕され拷問され、家に戻ってこられないという国があることを知ってほしいのです。



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憲法9条信者は日本が平和でいられたのは憲法9条のお蔭だと思っているようですが、日本は平和などではありません。

以前にも書きましたが、虎視眈々と尖閣諸島を領土にしようと狙っている隣国の脅威に日々さらされている我が国は、 尖閣周辺で中国当局の船が数え切れないほど確認されている。

産経が発信し続けている「中国当局の船が確認されるのは〜日連続」という記事は、もう珍しくもない。

シナによる領海侵犯は増加し続け、領海だけでなく領空侵犯も増加傾向にある我が国が、平和を保っていられるのは、アメリカの基地が日本にあり自衛隊と海保が、国と国民の安全のため命をかけて守っているからです。

平和憲法などというものは「侵略国家」の前には幻想です。

憲法9条に抑止効力などありはしない。

米軍が撤退したらどうなるでしょう?

米軍がフィリピンから撤退したあとどうなったか…ご存知でしょう?

2014.1.21の産経記事には、中国は米軍の撤退を待ってましたとばかりにフィリピンが領有を主張していたミスチーフ礁に軍事施設を建設したとありました。

シナは、日米同盟にきしみが生じるのを待っている。

いえ、待っていられないからこそ工作員を送り込み、シナ・朝鮮や県外からきた者を「沖縄県民」の発言であるかのように振る舞い、目障りで仕方ない米軍基地反基地活動を続けている。

尖閣諸島を奪われれば、次は沖縄を奪われるでしょう。

そうなれば、南モンゴル、チベット、ウイグル(東トルキスタン)と同じ道を辿る…

いいえ、反日感情を植えつけられたシナ人は、何の恨みもない南モンゴル、チベット、ウイグル(東トルキスタン)にさえ、あれほど酷い行為ができるのです。

捏造された歴史、南京大虐殺を植えつけられたシナ人によって、日本では、かつての通州で起きた残虐な行為が横行するでしょう。

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シナがチベットに侵攻した際は「封建農奴制からの解放」「民主改革」などと呼び、多く見積もっても600万人しかいないチベット人に対して8万以上の人民解放軍を送り込んでいる。

「略奪と殺戮」の歴史を繰り返すシナを野放しにしておいてはならない。

シナに併合された国々は、その民族が培ってきた伝統・文化、全てを破壊され、家族を奪われ、民族が根絶やしにされようとしている。

たとえば、ウイグルでは、ウイグル人の強制的同化、東トルキスタンに残るウイグル文化の土台を壊し、未来のウイグルの母となる人々を真っ先に民族同化・民族浄化政策のターゲットにしている。

ウイグルの若い女性数十万人(30万人を超えていると発表されている)が、わずか数年間で東トルキスタンからいなくなる…あと3年で「この世からウイグル人がいなくなる」といわれているのです。

これは、民族存亡にかかわる大変深刻な問題です。

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しかし、日本のメディアがこの問題を取り上げることはありません。

これは、日本のメディアの大半が乗っ取られている結果であり、中・朝・韓への配慮、擁護と、親日国・日本を貶めるというダブルスタンダード。

こうした報道に踊らされている日本人が増えるほど日本の危機は深刻になっていく…

シナの蛮行に沈黙し、オスプレイが墜落すれば「またしても!」と何度もあるかのような印象を植え付けるために騒ぎ米軍機事故やトラブルが相次いでいると流す反日メディア。

そのような新聞、テレビのワイドショーしか知らないお年寄りや主婦の不安を煽り、米軍への悪意を植えつけようと操作し嘘を垂れ流す反日メディアと、歴史を捏造し、平気で嘘を吐き、日本を我が物にしようと目論む隣国の脅威が迫っている…

中国に土地を爆買いされている北海道の現状を知らせ、警鐘を鳴らしてきた小野寺まさる氏のツィートには、中国が欲しい土地は「そこは日本の領土ではない」等というとある。

日本を、ウイグルやチベット、南モンゴルのようにしてはならない。

「犠牲者120万人 祖国を中国に奪われた チベット人が語る 侵略に気づいていない日本人」著者ペマギャルポ氏の訴えをハート出版社長絵日記氏がツィートしている。

祖国を騙し取られたが消して中共だけが悪いのではない。
中共が東チベットで侵略を始めたとき、国の半分は他人事のように無関心だった。
北海道や沖縄で今起きていることに国民が無関心だとチベットの二の舞を演じることになる。

中共が東チベットで侵略を始めた時、国の半分は他人事のように無関心だった。
 
無関心であること…

それが、いかに恐ろしい現実を招くか?

我々は、チベットの現実を見て学ぶべきです。

そして、声をあげられる日本という国から真の人権を発信できるようにならなくてはいけません。

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日本人は、自国を侵略から守り、
日本人は、中共の侵略に苦しむアジアの人々を見殺しにしない!と。




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