心の風景

タグ:中国

Chinaの歴史は、殺戮の歴史。

中国3000年の歴史など存在せず、王朝が変わるたびに戦勝した方が相手国を皆殺しにして、それを晒すという残虐非道な歴史を繰り返す。

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今も内モンゴル、チベット、ウイグルで民族浄化をしているように、彼らの歴史は虐殺の歴史…

見て見ぬふりをするなら、内モンゴル、チベット、ウイグルの人々も同じように皆殺しにされてしまう。

なので、シツコク中共政府の弾圧について今後も書いていきます。

皆殺しの歴史について、黄文雄氏が別冊正論26に詳しく書いていらっしゃるので、抜粋し以下に記事をご紹介しておきたいと思います。


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戦争の形が異なる支那では、「虐殺」は伝統、風習になり、戦国時代から「屠城(とじょう)=市中皆殺し」が戦勝の一大行事だった。

長安、洛陽、開封などの京師では、歴代王朝による大虐殺がよく知られる。

戦史によく「穴埋め」も出てくる。

泰将・白起(はくき)趙の四十万人以上の投降兵を生き埋めにした事は史上有名である。

武将が戦功を誇るために、敵の遺体を集めて「京観」を造ることが盛んに行われた。

その遺跡が「万人坑」(万人塚)である。

村対村、部落対部落の集団武力抗争が「械闘(かいとう)」で、史前から人民共和国の文化大革命期を経て現在も続く。

地域の長老だけでなく党書記まで先頭に立ち、武器を持ち出して行う虐殺は民間の風習にもなっている。

ことに民間の武術集団は、匪賊(ひぞく)退治だけでなく異教徒の皆殺しも行う。

19世紀末のイスラム教徒大虐殺(洗回(シイホエイ))や、20世紀初めのキリスト教徒大虐殺の北清事変(義和団の乱)は歴史的大事件となった。

文革期はあらゆる宗教が絶滅された。

1989年の六・四北京天安門虐殺に世界が震撼したが、それは「木を見て森を見ない」支那観である。

支那史を虐殺史として読む根拠は、古代春秋戦国時代の穴埋めや屠城だけではない。 


民国時代の殺し合いや文革期の「武闘」もそうで、被害者は一億人以上とまで言われる。『共産主義黒書』には、人民共和国の血の粛清被害者は八千万人以上とある。

 各王朝正史だけでも、類例なき「虐殺史」と読める。

人民共和国になって論争にもなった唐「黄巣の乱」は、殺された民衆が八百万人とされる。

長安城外に巨大な舂磨砦(しようまさい)が造られ、捕獲民衆を日に千人この巨大な臼に入れ、骨ごとの人肉ミンチを生産し、乾尸(かんし)(干し肉)や塩尸(えんし)(塩漬け肉)まで作って兵糧にした。

これは、正史『唐書』『新唐書』や『資治通鑑』だけでなく、アラビア商人の『印度・支那物語』にも出てくる話である。

 支那人が「戮民」と称され、「虐殺」を国風、国魂にまでしたのはなぜか。

戦争が激化する理由は古代から指摘され、たとえば『韓非子』は「昔は人が少なく、物が多かった。いまは人が多く、物が少ないから争いが起こるのだ」と単純明快に説く。

二千余年前の漢代には、ほどんどの人口は中原の関中に集中し、黄河南岸の人口過密が昂進した。たとえば「汝南郡は一平方キロ当たり人口密度が七百人を超えた」という。

 人口過密で自然環境が悪化し、社会も劣化して資源をめぐる殺し合いが激化する。生き残るには領土を拡大するか、競争相手を根絶やすしかない。

宮廷内の骨肉の争いで、一族郎党数万人が皆殺しにされたことが史書にも出てくる。

別冊正論26号「『南京』斬り」黄文雄(評論家・文明史研究家) より抜粋

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黄文雄(こう・ぶんゆう)
昭和13年台湾高雄市生まれ。39年から日本に留学し、44年早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院政治経済学研究科で西洋経済史を専攻し46年修士課程修了。平成9年から拓殖大学日本文化研究所客員教授。支那を中心とした東アジアの文明史や政治分析に造詣が深く、『中国の没落』(前衛出版=台湾)が反響を呼び1994年に台湾ペンクラブ賞などを受賞。台湾の主権国家としての独立維持を期する台灣獨立建国聯盟の主要メンバーとして長年活動し、平成11年から日本本部委員長。著書はほかに『中国食人史』(前衛出版=台湾)、『中華帝国の興亡―「歴史の罠」から抜け出せない隣国』(PHP研究所)、『戦争の歴史・日本と中国―こんなに違う、日中の戦争観!』(ワック)、『中国人が死んでも認めない 捏造だらけの中国史』(産経新聞出版)など多数。


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今日ツィッターを見て「またパンダをレンタルするのか?」と政府に対し声をあげたくなりました。
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パンダの新規貸与要請へ 中国前向き、関係改善の証し?  10/17(水) 20:55配信  

安倍晋三首相が、26日に予定されている中国の李克強(リーコーチアン)首相との会談で日本に新たなジャイアントパンダを貸与するよう求めることがわかった。これまでの事務レベルの調整で、中国側も前向きに検討する方針を日本側に伝えており、首脳会談をきっかけに貸与する日程や頭数などの協議が本格化する見通しだ。

 パンダの新規貸与が実現すれば2011年2月以来。受け入れ先は、神戸市の王子動物園や仙台市の八木山動物公園が想定されている。頭数によっては、どちらかの施設に限られる可能性もある。来年に予定する習近平(シーチンピン)国家主席の訪日の機会に正式合意する案もある。実現すれば、両国の友好ムードが一層高まりそうだ。

 中国は1972年の日中国交正常化の際にパンダを贈るなど「パンダ外交」を展開してきた。日本政府関係者は「中国が貸与に前向きなのは、習指導部が日本との関係改善に本腰を入れている証しだ」とみる。(2018.10.18朝日新聞デジタル)
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6300403

情報ソースが、朝日デジタルだと「また都合の良いように書いてるのでは?」とマトモな感覚の人なら疑いますよね。

なので、下にユーチューブにアップされていた菅氏の発言をお聞きください。




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ご存知の方も多くいらっしゃると思いますが、ジャイアントパンダはチベット国のパンダです。

中国共産党の侵略によってチベットから奪われ、パンダ外交として利用されています。

現パンダが、唯一自然界に生息する現生息地は四川省成都西は、1950年代に中国人民解放軍が侵攻した地であり、チベット併合前の中国内にはパンダはいないんです。

侵略によって他国の財産を奪い取る侵略国家がChinaです。

国有財産、民族の伝統・文化を奪い、支配し監視下に置く。

日本では「チベット自治区」と呼ばれていますが、チベット自治区だけでも123万㎢ありチベット本来の範囲は広大な面積です。

四川省西半分はチベット高原で、それは省都である成都のすぐ西から始まり成都から南西に240㎞ほどのところにあるミニヤ・コンカ山の標高は7556m。

成都は古くからシナ人が居住し三国志の蜀の都ともなったところです。

シナ人は「チベット高原」に上ることができず、高原はチベット人の世界であり、パンダは、このチベット高原の東端の地域に生息している動物です。

チベット侵略によって、パンダが日本にレンタルされ外交に利用されていることを考えれば、パンダ可愛い、日本へようこそ!と喜べるでしょうか?

声をあげてください。

日本は、チベットから奪ったパンダはいらないと!


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