今日は、ブッダをご紹介したいと思います。

ブッダと老子は、私の個人的な趣味の世界ですからスルーしていただいても結構ですが、この言葉の意味するところは深いと思います。


この身は泡沫のごとくであると知り、

かげろうのように

はかない本性のものであると、

さとったならば、

悪魔の花の矢を断ち切って、

死王に見られないところへ行くであろう。


うるわしく、あでやかに咲く花で、

しかも香りのあるものがあるように、

善く説かれたことばでも、

それを実行しない人には実りがない。


うるわしく、あでやかに咲く花で、

しかも香りのあるものがあるように、

善く説かれたことばも、

それを実行する人には実りがある。


うず高い花を集めて

多くの華鬘(はなかざり)をつくるように、

人として生まれまた死ぬべきであるならば、

多くの善いことをなせ。


ブッダ「真理のことば感興のことば」 

中村元 訳 岩波書店


訳者によると「花を摘む」というのは、五欲の対象(色・声・香・味・触)だそうです。

欲は、希望や夢という言葉に変えることができると思いますが、希望や夢というものは遂げらない場合もありますよね。

成功に拘るのではなく挑戦すること、それが大事ではないかと思います。

どのような「欲」を持ち、どのような心根で行うのか?

願うだけでは何も変わりませんし、行動に移したからといって必ずしも結果がでるわけでもありません。

平和を願い幸せを祈る人は多いと思いますが、願い祈ることで実現される平和や幸せなどないですよね。

国難を乗り越えるために皆で力を合わせるときです。

91dd5f19


今日、ブッダをご紹介したかったのは、先日フォロワーさんが中川昭一氏について「この頃本当に何も知らなかった。大きな物と闘っていたことが分かりました。」とつぶやいていたのを見て、思わず引用リツリートしてしまいました。

バチカンからの手紙には、日本の新聞社、通信社、TV局から取材を受けたさい、中川前大臣の行動に非常識な点はなかったと繰り返し説明したが一行も報じられなかったとありました。

これは、加計学園の加戸氏の証言を黙殺したのと同じ図式です。

知らなかったことは仕方ないですし、それを責めたところで中川氏が戻ってくるわけではありません。

人間は、後から「ああすれば…」「こうしていたら…」「もっと〜できたはずだ」と悔やむものです。

ですが、過ぎたことは取り戻せない。

今からやっていくしかないのです。

多くの保守の方は今も中川氏の死に疑惑を持っていることでしょう。

けれど、大切なことは、中川昭一氏が伝えてきたこと、為したこと、そして、成し遂げられなかったことを引き継いでいくことではないかと思います。

images

保守としてではなく。

ひとりの日本人として。

また、人として。





⬇︎ 下記の応援クリックをお願いします。


人気ブログランキング
 
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村

ランキングポイントは「心の風景」ブログからボタンを押していただくことでポイントが加算されますので、ぜひお気に入りの登録をお願いいたします。