心の風景

カテゴリ: 心根

今年も2018年7月13日(金)〜7月16日(月・祝)までの4日間。
靖国で「第72回 みたままつり」が行われます。
「みたままつり」は、国のために尊い命を捧げられた英霊を慰める行事として靖国神社にて日本古来のお盆にあたる期間に毎年行われています。

【みたままつり2018@靖国神社の開催概要】
名称:第72回 みたままつり
日程:2018年7月13日(金)~7月16日((月・祝))
時間:18:00~21:30
場所:靖国神社境内
▼交通アクセス・最寄り駅
・JR「飯田橋駅」徒歩10分
・JR「市ヶ谷駅」徒歩10分
・東京メトロ、都営地下鉄 「九段下駅(出口1)」徒歩5分

<注意事項>
◆境内での次の行為は禁止されています
 ・ドローンの使用
 ・無許可での集会やイベント
◆未成年者の飲酒・喫煙等、青少年の非行防止にご協力ください。
◆お越しの際は公共の交通機関をご利用ください。
(千代田区観光協会)
http://www.kanko-chiyoda.jp/tabid/4063/Default.aspx

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昨年「靖国神社のみたままつりに参拝。 遊就館で英霊の皆様の日本国の未来を願い、大空・大海に散っていった思いのこもった言葉の数々を拝見し、この日本を支那・朝鮮をはじめとする反日勢力から守らねばならないとの気持ちを新たにしました。 」という方のツィートを読んで、とても嬉しく、また頼もしく感じました。

靖国に眠る英霊は戦争で亡くなった方ばかりではありません。

祀られている対象者は主に「戊辰戦争~第二次世界大戦、そして戦後、東南アジアなどの独立戦争に参加した人々」ですが、準軍属とみなされる方も多数祀られ、戦時徴用されて軍需工場で働いているときに空襲を受けた女性たち、満州開拓に携わった人々、沖縄戦に巻き込まれた一般の人たち、沖縄のひめゆり学徒隊、真岡郵便電信局事件で自決した女性たちも含まれています。

また、朝鮮兵士ではない陸軍士官学校を卒業して士官に任官した者旧大韓帝国軍から朝鮮軍人として日本陸軍に転籍した者、そして、戦争末期1944年に一般兵士も徴兵制で登用され日本統治下で軍務に関係する職に就き戦没者となった朝鮮半島出身者のうち朝鮮人日本兵を含む約2万1000人が合祀されています。

私たちが迎えた「平和な日本」は、ある日、突然、訪れた訳ではありません。

我が国の平和は、戦後の人々の強く逞しい精神、おおらかで朗らかな先人たちによって築かれてきたものです。

先人たちが築いてきた日本を私たちの代で終わらせることがあってはいけません。

印象操作に踊らされる情弱な連中が「憲法9条によって日本は守られてきた」「許し合う心こそ世界を平和にする」などと発信していますが、寝言は紛争地で語ってこそ意味があることです。

紛争地では、能天気に「平和を語る」前に命を落とす。

かつて、SEALDsの中心メンバーである奥田が、自分や家族に向けた殺害予告を受けて震え上がり警察に慌てて駆け込んだことはよく知られていることです。

戦禍に巻き込まれれば「寝言」をいってる暇はありません。

「戦争反対」や「平和」を叫ぶ口先だけの連中は、夢の中にいるかシナかロシアか朝鮮の工作員です。

日本は2つの原子爆弾を投下され広島市の人口35万人(推定)のうち9万~16万6千人が被爆から2~4ヶ月以内に死亡。

長崎市の人口24万人(推定)のうち約7万4千人が死没、建物は約36%が全焼または全半壊した。

広島、長崎だけなく都市部や軍需工場があった町は全て焼け野原になった…

それでも日本人は、先帝陛下と共に戦後の日本を復興させていきました。

先帝陛下の歩まれた道は、過去記事【汚いものを引き受けられる人(先帝陛下)】を参照ください。

http://kokorone.blog.jp/archives/16301992.html

日本の復興と繁栄は、先人たちの弛まぬ努力と不屈の精神が築いた結果です。

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先人たちが築いた日本。

日本を守るために「命」をかけ、虐げられたアジアの人々を解放するために戦った英雄たち。

その尊い命をささげた軍人・軍属と民間人計310万の人々と、戦後の焼け野原から日本を復興させた先人たちに「日本を任せてください」といえる日本人でありたいと思います。


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今日は拉致被害者奪還ツイデモの日ですから、本当はそちら(拉致問題)を書きたかったのですが…気にかかることがありましたので書いておきたいと思います。


今回の私の区長選挙のボランティアの方に、幸福の科学の方が多数いたと噂を流している人がいます。私は一切知らないのですが、もしこの方が幸福の科学の方だ、と分かる方がおられたら教えて下さい。おられなかった場合、噂を流した人はデマを流した事になりますので、然るべき措置を取らせて頂きます


私の区長選挙の関係者は全てボランティアです。運営もへちまもない。誰が幸福の科学の方ですか?証拠と共にお示し下さい。 

ツイッターを利用している方で吉田氏をサポートしている人なら、昨日今日あたり上記のツィートを目にしたことでしょう。

私も吉田氏を応援している者としてこのことを看過できませんが、吉田氏がツィートしているように、誰が幸福の科学の者で誰が何のために吉田氏を応援していたのか?不明瞭なことを憶測で拡散させることが保守にとって何の益があるでしょう?

吉田氏に上記のツィートをさせたのは保守の方と思われますが…吉田氏を心配してのことなのか?貶めるためなのか?意見が分かれているだろうと思います。

ツイッター上では、ときおりデマが何万もリツリートされていくことがあると以前から書いてきましたが、拡散されることによって「誰の益になるか?」を考えてほしいと思います。

幸福の科学の方が2名ほどツィートにあげられていましたが、その2名が本当に幸福の科学の信者なのか?個人として応援していたのか?幸福の科学から要請されたのか?証拠もなくあげているとすれば「悪意」しか感じ取れません。

情報ソースは誰か?何処から発信されたか?事実確認はできているか?それを精査していくことができるのがネットの役割になってきていると私は思います。

拙ブログでは歴史についても書いていますが、歴史に詳しい方ならこの状況が良くない傾向だとお分かりになるでしょう。

いつの時代も、何処にでも、内側から破壊工作をする存在が必ずいます。

後ろから撃っているのが目に見えて分かるような連中は小物ですが…

用心しなければならないのは、悪意をむき出しにした分かりやすい頭の悪い連中ではなく知識があり巧妙で狡猾に保守を装い内側から破壊しようとしている連中です。

保守もいろいろですから気が合わない相手もいるでしょうけど、保守としての中心を失うことがないようにお願いします。

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日本の伝統・文化・歴史を大切に思い、この国を脅かし日本を弱体化させようとする勢力と戦うのが保守ではないでしょうか?



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拙ブログを「お気に入り」登録してくださっている読者の皆さまは、URLが http://kokorone.blog.jp だとご存知でしょう。

ランキングに登録したのは「拉致問題」「中共による人権問題」を広く知っていただきたいためであり、40年もの歳月を待ち続ける拉致被害者とそのご家族には、もやは一刻も猶予がないことからツイッターも利用していますが、拙ブログの根幹は「心根」と「在り方」です。

私自身も未熟ですから、人様に「心根」と「在り方」を語れるほど成熟した精神をもっているわけではありませんが、ときおり「運」について書いているのも「運」は引寄せようとして引寄せられるものではなく、その人の「心根」と「在り方」が影響していると考えています。

茶道に由来する「一期一会」という言葉がありますが、これは、安土桃山時代、千利休が説いた茶の湯の心得にあるといわれており、利休が生きた時代は乱世でしたから今日会う人と再び会うことがないという背景があったと思われます。

全ての人に「死」が平等に訪れるように、その事実は利休の時代も今も変わることはなく、この世で「出会う」人というのは、親兄弟、恋人や夫婦、友人、仲間、誰であれ、必ず「別れ」を迎えます。

そして、その日がいつなのかは誰も知ることはなく、また、明日という日が必ず来るとは誰も保証されておらず、今より先、全てを一瞬に失うことも起こり得るのです。

だからこそ、在り方や、その時々に起きている事象をどのように受け止め、いかにして乗り越えていくか行動に移していくかというのは大事ではないでしょうか?

茶道の「一期一会」というのは「もてなす心」です。

今という二度とは来ない「時」を共に過ごす相手に、今自分にできるもてなしをする。

そこには、今を大切に生きる人の心があると思います。

それは「もう二度と会えないから」よくしてあげるということではないと思います。

ツイッターをしていると色んな方が観えてきます。

ネット時代は情報が間単に手に入りブログなどで発信している人の内容を、あたかも自分が発信しているかのようなツィートが「愛国保守」と名乗っているのを観ると呆れてしまいます。

140文字で情報ソースまで書けないことはありますが、自身を省みることはとても大切なことではないかと思います。

「人に見られていなければいい」「ばれなきゃいい」と思う方は、蒔いた種を刈り取るときに分かるでしょう…

視得ない世界は見える世界と繋がっていないわけではないと思います。

最後に「老子第七十三章 天網恢恢、疏にして失せず」のご紹介をしておきたいと思います。


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敢えてするに勇なれば則(すなわ)ち殺され、敢えてせざるに勇なれば則ち活かさる。

この両者、或(ある)いは利あり、或いは害あり。

天の悪(にくむ)む所、孰(たれ)かその故を知らん。

天の道は、争わずして善く勝ち、言わずして善く応じ、召さずして自ら来たし、繟然(せんぜん)として善く謀る。

天網(てんもう)恢恢(かいかい)、疏(そ)にして失せず。

(解釈)

(悪人がいた場合)あえて勇気を持ってこれを殺すか、勇気を持ってこれを殺さずに置くか、この二つは、一つは利になり、一つは害になる。

天が憎むのはどちらってこれを殺すか、天が憎むのはどちらか分からない。
誰も天意がどこにあるのか分からないのだ。

聖人にとっても、この判断は難しい。

「天の道」は争わずして勝ち、言わずして万物の要求によく応じ、招くことなくやって来させ、ゆっくりとしながらも、うまく計画する。

天の網は広大で網目は荒いが、決して漏らす事は無い。

河出書房新社「中国故事物語」では、以下のように訳されています。

物事を、断乎としてやることに勇気があって人を平気で殺し、断乎としてやらない方に勇気があって人を生かす。

生かすのと殺すのと二つの内、一つは利があり、一つは害がある。

だが、天が憎むのは必ず殺の方だ。とすれば、物事を、断乎としてやることに勇気があって人を殺す者は、天の意思にそくことになるわけだから、当然、天の罰を受けていいはずだが、世間のことは必ずしもそうは行かない。

反対に、人を生かした者、必ずしも天の賞を受けるわけではない。大勢の人を殺して、天罰を受けない者もある。

だから人々は、この活殺二つの利と、天の憎むところが一体どちらにあるかがわからなくて迷うし、聖人でさえも、この点がハッキリしなくて困っている。

だが、長い目で見れば、この二つの利害と、天の憎む所が一体どちらにあるかは、自から明らかである。

天の道は争わずして勝ち、言わずしてよく応じ、招かずして自から来、緩やかであってよく謀る所にある。

だから悪運の強いときは、なるほど一時は天にそむいても、罰を受けないこともある。

しかし、結局は天の罰を受けることは必至だ。

天の網は恢々として広大であり、その網の目は疏だけれども、善悪の応報は必ず下し、決して失敗することはない。  


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楽して「欲しい物」を手に入れる。

真剣に願えば願いが叶う?

マトモな感覚であれば「行動が伴わない」願いは、単なるオネダリだと理解できるでしょう。

欲しがるくせに「努力」はしない。

そういう方は、たいてい上手くいかないことを誰かのせいにしている。

そんな方たちが「自分には運がない」運を引寄せようと相応な相手に飛びつく…

「心」と「体」が別々ではないように様々な現象なども繋がっていたりするものではないかと思います。

そういう生き方をしていることに気がつかなければ同じことを繰り返して人生が終わる。

運は操れない。


幸せというのは楽をすることではないはずです。

それが分かっていたら、そんなことに時間を使っている暇は人生にはないのだと知るでしょう…

世間や他人の価値観で幸せを決める方は、何を自分のモノにしても幸せになれない。

思いもよらぬこと良くないことが続けば落ち込むことは誰しもあると思います。

しかし、明暗を分けるのは本人次第ではないのでしょうか?

何とかして欲しいと依存する癖や逃げ出す癖がついているという方たちは、自分を「幸せ」にするのが難しいと思います。

そういう方は、霊的な部分でも良くない方へ流されていく…
 
ああなりたいこうなりたいと願うだけで何もしないというのは、例えるなら、木の下で実が落ちるのを待っているようなもので、強く念じれば「落ちてくる」のかを考えれば分かるようなことです。

引力があるので、念じなくても時が経てば、実は自然に落ちてくるのですが、本当にその実が欲しいのなら、どうすれば実を落とすことができるか?を考えて行動することです。

積極的に自分から「行動しよう」とすることです。

好きな人ができたらどうするか?

入りたい学校や会社があればどうするか?

この国を変えたければどうするか?

全て同じではないかと思います。

 


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数日前、5月15日放送「あさイチ」で下町ツアーの伊藤薫が外国人観光客に対して「日本軍は米国を攻撃し、支那や東南アジア諸国にも侵攻した」とガイドし、NHKが「日本はアメリカを攻撃し、韓国、中国、東南アジアに侵攻しました」韓国を追加し虚偽の翻訳を放送していたことがSNSで話題になりました。

伊藤薫のような無知を許すわけにはいきませんが、NHKの相変わらずの悪質なヤリクチにも断固として声をあげていかねばなりません。


(NHKへのご意見・お問い合わせ)
電話:0570-066-066 まで
(メールによるご意見・お問い合わせ) 
http://www.nhk.or.jp/css/goiken/mail.html


伊藤薫のような無知は罪であり、これがワザとであれば許されることではありません。

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大東亜戦争に至るまでの経緯を知っている人であれば、伊藤薫のような発言は決して出来ません。

我が国の歴史を、この国を守った英霊たちの歴史を、何も知らないのであれば「下町のことだけ」を話していればいい。

支那事変からの流れは「正しい 歴史 認識 国益 重視 の 外交 核 武装 の 実現( fc2ブログ)」さんが詳細に書いていらっしゃったので一部を抜粋し転載させていただきます。


【支那事変→真珠湾攻撃→大東亜戦争】 1933年の「塘沽協定」によって完全決着した満州事変から4年後の1937年に始まった支那事変は、支那共産党が盧溝橋事件を起こし、支那軍が停戦協定を何度も繰り返し破って継続・拡大した戦争。 盧溝橋事件の約3週間後には、支那保安隊が日本人居留民約260人を大虐殺した(通州事件)。

更に2週間後、支那軍は数十万人という大軍で上海の国際租界の日本人居留区を包囲攻撃した。 支那軍機は上海市街地のホテルやデパートを爆撃して民間人や外国人を大量に殺害した。

その後も支那は、日本が提出した和平案をことごとく蹴り、戦争を継続し、支那人民を虐め抜いた。
支那軍による徴発・徴用・徴兵は過酷を極めた。

支那軍は、上海市街地爆撃の他、焦土作戦、黄河・揚子江の堤防破壊(決壊)などによって多くの民衆を殺害し、世界で初めて違法毒ガスを使用したり細菌戦を行なったりするなどの暴虐・悪逆の限りを尽くした。

支那が戦争を始めて、日本が何度も何度も「やめよう。やめよう。」と言ったのに、支那がそれを無視して戦争を継続・拡大して暴虐の限りを尽くした戦争なのだから、日本にとっては自衛戦争以外の何ものでもない。

それにもかかわらず、満州や支那での利権を狙っていたアメリカは、支那に対して金や武器を援助し、日本に対しては経済制裁を行った。

―――――
1941年
4月15日、ルーズベルト大統領は米軍人にフライング・タイガースに自主的に志願するよう行政命令
7月23日、ルーズベルト大統領など米国首脳がフライング・タイガーによる日本本土爆撃計画に署名
8月1日、米国が対日石油輸出を全面禁止
11月26日、ハルノート提示
12月7日(8日)、真珠湾攻撃
―――――

当時の日本は、石油の殆どをアメリカからの輸入に頼っていた。 そのアメリカが日本への石油の輸出を禁止した。

アメリカ以外では、わずかにイギリスやオランダ(オランダ領インドネシア)などの輸入先があったが、アメリカががイギリスやオランダにも日本に石油を売らせないようにした。

当時の日本は、アメリカから「日本に石油を売らない」と言われたら、戦争をして石油を確保するしか選択肢はなかった。

石油があったオランダ領インドネシアでは、インドネシア人たちが何度もオランダに対して独立戦争を試みたが、全て失敗していた。

しかし、大東亜戦争における多数の日本軍の犠牲により、アジア諸国はようやく独立できた! 日本は、直接オランダ軍を攻撃しただけではなく、インドネシアなどの大東亜各地において軍隊を創設して教育して訓練を与えた!


http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-7083.html?sp
(転載ここまで)


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日本人であれば、日本は「自衛のため参戦したのであり戦禍へ巻き込まれた」という事実を知らなくてはいけません。

連合国軍最高司令官、国連軍司令官を務めたダグラス・マッカーサーは、1951年の米国会議で、日本の戦争は資源がなかったための自衛戦争であったと証言し、日本悪者論を撤回した。この会議で証言に対する反対者はいなかった。

今は、真珠湾関連の米国の公電も公表され、日本の真珠湾攻撃は米軍が暗号を解読して知っていたことも明らかにされています。

このことは米国が明らかにした事実です。

ハル・ノートは、米国が過酷な経済封鎖した上で、日本に支那、満州からの即時撤退を要求したもので、このため我慢に我慢を重ねてきた日本は、やむを得ず1941年12月8日米国の対日政策の談話を求めて真珠湾に反撃した。

日本は奇襲攻撃を仕掛けたのではなく反撃に出た。

その「情報」は、公電によって明らかにされていたのです。

米国駐日大使グルー氏の1941年1月27日の日記によれば、日米断交になれば日本が真珠湾を攻撃すると言う噂が東京の外交界で流れており国務省に報告したと書かれてあり、ハル国務長官には10ヵ月以上前にこの報告が届いていた。

また、米軍のフライング・タイガー部隊は、真珠湾事件の前から米陸軍航空隊を国民党軍機に偽装し日本軍を攻撃した。

これは米国による開戦前の「宣戦布告」のない汚い戦闘行為であり、太平洋戦争で先に手を出したのは米国だということです。

戦後の東京裁判では、インドのパール判事が、ハル・ノートについて「このような通牒を受け取れば、モナコやルクセンブルクのような小国でさえ米国に対して武器をとって立ち上がっただろう」と発言したことは、よく知られていることです。

パール判事の言葉からも、日本を戦争へと引きずり込みたい米軍の思惑があったことが読み取れます。


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事実を何一つとして知りもしない伊藤薫は恥を知るべきです。

外国人観光客に対して「日本軍は米国を攻撃し、支那や東南アジア諸国にも侵攻した」とガイドしたことは許しがたい。

そして、伊藤薫でなくとも「日本人」であれば、なぜ我が国が戦禍へと巻き込まれたのという経緯を知らねばなりません。


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そして、我が国を守るため英霊たちが命をかけた歴史を汚す発言には、断固として声をあげなくてはなりません!




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先日、相互フォローの方のツィートに、とても胸が痛み「どうしても書いておきたい」と思いました。

ツィートの内容は以下のとおりです。

国籍不明機による領空接近に、近者2等空佐と森山3等空佐はスクランブル発進。領空侵犯は決して許さぬという二人の強い決意が国籍不明機を追いやり日本の主権を守った。しかし直後に交信が途絶え二人が基地に戻ることはなかった。宣誓に違うことなく自衛官の強い使命感と責任感を示してくれたのです。

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ほかの方が、平成27年度自衛隊観艦式 安倍内閣総理大臣訓示を探しリンクを貼られていたので、そこにある安倍総理の言葉を読みながら涙をこらえることができませんでした。

私は、総理の自衛隊の方々への思いと、自衛官の方たちの強い使命感と責任感に改めて感謝し、一人でも多くの人に知ってほしいと思いました。



本日の観艦式に臨み、堂々たる艦隊、整斉たる航空機、そして高い練度を示す隊員諸君の凛々しい姿に接し、自衛隊の最高指揮官として、大変心強く、頼もしく思います。

 海に囲まれ、海に生きる。海の安全を自らの安全とする国が、日本です。我々には、「自由で、平和な海を守る国」としての責任がある。その崇高なる務めを、諸君は、立派に果たしてくれています。

 この大海原の真ん中にあって、波濤をものともせず、正確無比なる「海の防人たち」の勇姿を目の当たりにし、その感激もひとしおであります。

 荒波を恐れず、乱気流を乗り越え、泥まみれになってもなお、ただ一心に、日本の平和を守り続けてきた、全ての隊員諸君。この困難な任務に就く道を、自らの意思で進み、自衛隊員となった諸君は、日本の誇りであります。

 この夏、先の大戦から、70回目の8月15日を迎えました。

 この70年間、日本は、ひたすらに平和国家としての道を歩んできました。それは、諸君たち自衛隊の存在なくして、語ることはできません。

先人たちは、変転する国際情勢のもと、平和を守るために、そして、平和を愛するがゆえに、自衛隊を創設したわけであります。

 残念なことに、諸君の先輩たちは、心無い、多くの批判にさらされてきました。中には、自衛隊の存在自体が憲法に違反する、といった議論すらありました。

 しかし、そうした批判に歯を食いしばり、国の存立を全うし、国民を守るために、黙々と任務を果たしてきた、諸君の先輩たち。現在の平和は、その弛まぬ努力の上に、築かれたものであります。

 相次ぐ自然災害。そこには、必ず、諸君たちの姿がありました。

 先月の関東・東北豪雨における、ヘリコプター部隊による懸命の救助活動。逃げ遅れた人々を救うため、危険も顧みず、濁流へと飛び込む自衛隊員の姿は、多くの国民の目に、鮮明に焼きついています。

 豪雪、地震、火山の噴火。自衛隊の災害派遣は、実に4万回に達します。
 そして今や、自衛隊に対する国民の信頼は、揺るぎないものであります。その自信を持って、これからも、あらゆる任務に全力であたってほしいと思います。

 我々には、もう一つ、忘れてはならない8月15日があります。

 「緊急発進せよ」  16年前の8月15日、宮崎県の新田原基地に、夜明け前の静寂を切り裂く、サイレンが鳴り響きました。

 国籍不明機による領空接近に、近者明宏2等空佐と、森山将英3等空佐は、F4戦闘機でスクランブル発進しました。

 稲妻が轟く悪天候も、上昇性能ぎりぎりの高い空も、二人は、まったく恐れることはありませんでした。

 そして、「目標発見」の声。「領空侵犯は決して許さない」という、二人の強い決意が、国籍不明機を見事に追い詰め、我が国の主権を守りました。

 しかし、その直後、突然、交信が途絶えてしまった。二人が再び基地に戻ることはありませんでした。

「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える。」  この宣誓に違うことなく、近者2等空佐と、森山3等空佐は、文字通り、命を懸けて、自衛隊員としての強い使命感と責任感を、私たちに示してくれました。

 アジア太平洋地域における諸君の確固たるプレゼンスが、米国や、志を共にする民主主義諸国とともに、冷戦を勝利へと導き、そして日本の平和を守ってきた。そのことは、歴史が証明しています。

 諸君を前にするたび、私は、一つの言葉を思い出します。

 「雪中の松柏、いよいよ青々たり」  雪が降り積もる中でも、青々と葉をつけ、凛とした松の木の佇まい。いかなる困難に直面しても、強い信念を持って立ち向かう人を、讃える言葉であります。

 ただ、ひたすら、国民のため。その志を抱いて、24時間365日、大きなリスクもいとわず、任務を全うする。諸君の崇高なる覚悟に、改めて、心から敬意を表します。

 どうか諸君には、これからも、どんな風雪にもビクともしない、松の木のごとく、いかなる厳しい任務にも耐えてもらいたい。そして、常に、国民のそばにあって、安心と勇気を与える存在であってほしいと願います。

 遥かかなた、アフリカ・ソマリア沖。海の大動脈・アデン湾は、かつて、年間200件を上回る、海賊襲撃事案が発生していた、危険な海でした。

 ここを通過する、ある船の日本人船長は、海賊への不安を口にする乗員やその家族にこう語ったそうであります。「海上自衛隊が護ってくれるから大丈夫だ。安心していいんだ。」  今年ついに、海賊による襲撃事案はゼロになりました。諸君の献身的な努力の結果であり、世界に誇るべき大成果であります。

 そして、戦後初めて、自衛隊から多国籍部隊の司令官が誕生しました。これは、これまでの自衛隊の活動が、国際的に高く評価され、信頼されている、何よりの証でありましょう。

 先日来日したフィリピンのアキノ大統領は、国会で演説を行い、このように語っています。  「かつて、戦艦『伊勢』が、史上最大の海戦に参加するため、フィリピンの海域を航行しました。」  「しかし、2年前の台風の時、同じ名前の、護衛艦『いせ』は、救援、思いやり、そして連帯を、被災者に届けてくれた」のだと。

 これまでの自衛隊の国際協力は、間違いなく、世界の平和と安定に大きく貢献している。大いに感謝されている。世界が、諸君の力を、頼みにしています。

 その大いなる誇りを胸に、諸君には、より一層の役割を担ってもらいたいと思います。

 さて、本日の観艦式には、オーストラリア、フランス、インド、韓国、そしてアメリカの艦艇が参加してくれています。全ての乗組員の皆さん。はるばる御参加いただき、ありがとうございます。

 また、本日は、アメリカの空母ロナルド・レーガンも、日米共同訓練の途中、姿を見せてくれました。東日本大震災の時、被災地に駆けつけてくれた、「トモダチ」であります。今月から、横須賀を母港に、再び日本の守りに就いてくれる。

ありがとう。ようこそ日本へ。心から歓迎します。

 日本は、皆さんの母国をはじめ、国際社会と手を携えながら、「自由で平和な海」を守るため、全力を尽くします。「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄に、これまで以上に貢献していく決意であります。

 「平和」は、他人から与えられるものではありません。
自らの手で勝ち取るものであります。

 イギリスの元首相・チャーチルは、ヨーロッパがミュンヘン会談など安易な宥和政策を重ねながら、最終的に第二次世界大戦へと進んで行ってしまった、その道のりを振り返り、次のように述べています。 「最初はすべてが容易であったが、後には事態が一段と困難になる」。そして、この戦争ほど「防止することが容易だった戦争は、かつて無かった」。こう反省しています。 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

そのために、私たちは、常に、最善を尽くさなければなりません。国際情勢の変化に目を凝らし、必要な自衛の措置とは何かを考える。そして、不断に抑止力を高め、不戦の誓いをより確かなものとしていく。

 私たちには、その大きな責任があります。  日本を取り巻く安全保障環境は、一層厳しさを増しています。望むと望まざるとに関わらず、脅威は容易に国境を越えてくる。

もはや、どの国も、一国のみでは対応できない時代です。

 そうした時代にあっても、国民の命と平和な暮らしは、断固として守り抜く。そのための法的基盤が、先般成立した平和安全法制であります。積極的な平和外交も、今後、一層強化してまいります。

 私たちの子どもたち、そして、そのまた子どもたちへと、「戦争のない平和な日本」を引き渡すため、諸君には、さらなる任務を果たしてもらいたいと思います。私は、諸君と共に、その先頭に立って、全力を尽くす覚悟であります。

 御家族の皆様。 大切な伴侶やお子様、御家族を、隊員として送り出して下さっていることに、最高指揮官として心から感謝申し上げます。

 皆さんの支えがあるからこそ、彼らは全力を出し切って、国民の命と平和な暮らしを守ることができる。

本当に、ありがとうございます。

彼らがしっかりと任務を遂行できるよう、万全を期すことを、改めて、お約束いたします。

 さらに、常日頃から自衛隊に御理解と御協力をいただいている御来賓の方々をはじめ関係者の皆様に対しても、この場を借りて、感謝申し上げたいと思います。

 隊員の諸君。
 諸君の前には、これからも、荒れ狂う海が待ち構えているに違いない。
しかし、諸君の後ろには、常に、諸君を信頼し、諸君を頼りにする、日本国民がいます。

 私と、日本国民は、全国25万人の自衛隊と共にある。その誇りと自信を胸に、それぞれの持ち場において、自衛隊の果たすべき役割を全うしてください。大いに期待しています。

平成27年10月18日 自衛隊最高指揮官 内閣総理大臣 安倍晋三

https://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2015/1018kunji.html



総理の語られた言葉…
 
隊員の諸君。

諸君の前には、これからも、荒れ狂う海が待ち構えているに違いない。

しかし、諸君の後ろには、常に、諸君を信頼し、諸君を頼りにする、日本国民がいます。

私と、日本国民は、全国25万人の自衛隊と共にある。

その誇りと自信を胸に、それぞれの持ち場において、自衛隊の果たすべき役割を全うしてください。


改めて思います。

過去記事にも書きましたが、日本の自衛隊には制約が課せられ過ぎています。

近年のスクランブル発信の多さもさることながら、自衛隊の方たちのみに責任を押し付ける国であってはならない。

スクランブル発進は冷戦時代1000回を超えていましたが、近年、また急増しています。


自衛隊の取れる行動は警告射撃は可能であっても、法律上、自衛隊による攻撃は防衛出動が発令される場合か正当防衛のみが認められています。

領空侵犯機に対して攻撃を実行するのは実質的に現場の判断です。

国の安全を守る重責にありながら、こうした状況に置かれた自衛隊員は各々で判断しなくてはならない。

我々は、決して、自衛官個人に責任を押し付けるような国民であってはなりません。

一人ひとりが国を守る者として政府に声を上げていきましょう。


自衛官の方たちを守ることができるのも我々です。

負担を減らし防衛費の増加と自衛官の待遇を改善していけるよう我々も努めてまいりましょう!

日本人である我々は、全国25万人の自衛隊と共にあるべきです。

国民、皆で日の丸を背負って生きましょう。

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心の風景blog管理人です。


拙blogでは、政治、歴史、健康blogやツィッターなどのご紹介をさせていただいています。


そして、拙blogの中心に拉致問題をあげていきます。


本当は、拉致問題だけでなく多くの方に日本が危機的状況にあることを発信したいのですが...


それは、他のbloggerさんを頼りにして、こちらでご紹介していこうと考えています。


昨日もお伝えしましたが、一日に使える時間は人それぞれ。


私も、blogに費やせる時間を作るのに精一杯なので、拉致問題に集中して書いていきます。


そして、今日は、拙blogの最初に書いた記事を加筆してアップしています。


岡本太郎さんの言葉を、読者の皆様へご紹介したいからです。



意志を強くする方法なんてありはしない。


そんな余計なことは考えるな。


君はほんとうは激しく生きたいんだよ。


だから”死”が目の前に迫ってくる。


それはとても正常なことだ。 


自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。


なければなおいい、今まで世の中で能力とか才能なんて思われていたものを超えた、決意の凄みを見せてやるというつもりで、やればいいんだよ。


むしろ、能力がないほうが素晴らしいんだと平気で闘えば、逆に能力がひらいてくる。


ぼくは、特別力が強いわけでもない、金をそんなに持っているわけでもない。


頭脳だってそれほど優秀じゃないかもしれない。


つまり、さまざまのマイナスの面を背負っている。


でも、マイナスの面が大きければ大きいほど、逆にそれと反対の最高にふくれあがったものを自分に感じるわけだ。


弱い、なら、弱いままのありのままで進めばいいじゃないか。 


他人が笑うまいが自分で自分の歌を歌えばいいんだよ。


歌に限らず他人の判断ばかりを気にしていては本当の人間としての責任がもてない。


もし自分がヘマだったら、”ああ、おれはヘマだなあ”と思えばいいじゃないか。  


よく”一流好み”の人がいるが、それはつまりただ世間の、他人の評価をウノミにしてありがたがっていることだろう。


誰がなんといおうと、三流だろうが、五流だろうが、自分のいいと思うものはいい、という態度を貫かなければ”ほんもの”なんかわかりゃしないよ。


一流だから知りたい、好きになりたいなんていう、さもしい根性を持たずに、自分の本当に感動する人間を探し、つかまえるんだね。


その発見のポイントに世の中全体にその価値を認めさせるように、きみ自身、力を尽くせばいい。そうすると世界が変わってくるよ。


自分自身を責めることで慰め、ごまかしている人が、意外に多いんだよ。

そういうのは甘えだ。


惨めな根性だと思うね。


何かすごい決定的なことをやらなきゃ、なんて思わないで、そんなに力まずに、チッポケなことでもいいから、心の動く方向にまっすぐに行くのだ。失敗してもいいから。


1度失敗したなら、よしもう1度失敗してやるぞ、というぐらいの意気込みでやることが大切なんだ。


うじうじと考える必要はない。


すべてのマイナスをプラスの面でつらぬけば、マイナスだと思っているものがプラスになって転換してくる。 


ほんとうの調和というのは、お互いに意見をぶっつけ、フェアにぶつかりあうこと。


誰もが、あえて出る釘になる決意をしなければ、時代はひらかれない。



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みずから悪をなすならば、
 
みずから汚れ、
 
みずから悪をなさないならば、
 
みずから浄まる。
 
浄いのも浄くないのも、
 
各自のことがらである。
 
人は他人を浄めることができない。

ブッダの真理のことば・感興のことば
(岩波文庫)  中村元 訳 


今日は、まず最初に、ブッタの「心理の言葉・感興のことば」をご紹介しました。

人間は、自分の行いによって清くもなり汚れもする。

それは、誰かが何とかしてくれるものではなく全て自身で行うのだということをブッタは解いているのですね。

私は、ツィッターを始めて一年あまりですが。

ある方が5年ツイッターを続けてきて思ったことというツイートを読んだことがあります。

そこには、フォロアーは共感してフォローする訳でもないということ。

そして、みんな、結構悩んでいるんだとありました。

人間は、いくつになっても「悩み」があるのだろうと思います。

実は、悩みというものも自分が作っているものに過ぎないのですが…

その悩みも、生きているからこそ「悩める」のです。

日本では、ここ数年、地震や豪雨による自然災害が頻繁に起きていますよね?

そして、昨日まであったもの、当たり前のように暮らしてきた日々が失われていく現実があります。

拉致被害者全員奪還について、ツイデモに参加したりブログを書いていて痛感します。

昨日まであったもの。

当たり前のように暮らしてきた日々。

明日も、また一緒に過ごせると思っている大切な人。

それが、当たり前だと思っているということ。

そういう日常を奪われた人が「拉致被害者家族」の方たちです。

そして、地震や津波などの自然災害で親や子、友人や仲間を失った人もいるでしょう。

いつまで生きられるかなど誰にも分からない。

誰も保障されていないのですよね。

生を受けたものは必ず死を迎え、死は全ての生き物に平等に訪れる。

この世を生きる者たちは、一瞬一瞬だけが「確かな時間」なのですね。

だからこそ、

今をどう生きるかは、とても大事だと思います。

今を生きている。

自分探しをしている方は、そんな暇があるのなら何かに打ち込んでみたらいいと思います。

自分らしさなんて、自分で決めることではないんですよ。

人が、あなたらしいね。

それが、自分らしさです。

自分で自分を、ああでもないこうでもないと悩んでいる暇はありません。

この一瞬だけが、全ての人にとって確かな時間なのですから。

その一瞬一瞬を繰り返し生きていく。

それが、その人の人生を作っていく。

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あるブログに「好きな人に振り向いて欲しくて色々とやったのに効果がない」と悩む女性に「出した感情が受け取る現実」と書かれていたのを見かけました。


出した感情=受け取る現実、手放せば現実がシフトするというビジネスが「伝染病」のように「オメデタイ」方たちに拡散されているようですが…

まぁ、それだけ日本は「平和」ということだろうと思います。

こんな「オカシナ理論」がまかり通るなら、北朝鮮がミサイルを発射してるのは「誰が出した感情」によって受け取っている「現実」なんでしょう?

そして、40年の間に北朝鮮に拉致された日本人は860人を超えた。
 
認定を受けているだけで860人もいるんですよね。
 
誰が出した感情ですか?

誰によって、860人を超えるの日本人が 拉致される現実を引き寄せたんでしょうか?

ホント、寝言は寝ていって欲しいものです…こういう記事を書いている連中も読む方も、北朝鮮問題は他人事なのでしょう。


「幸せ」とやらが何処かから降ってくることしか頭にないようなオメデタイ方たちですからね。

幸せを引寄せよう!だのというビジネスが成り立つのは平和ボケだからです。


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相談者の「振り向いて欲しくて色々やった」というのは、見返りを求める行為です。

要するに「愛」ではなく「取引」。


誰もが振り返るほどの美人であれば、何もしなくても向こうからくるかも知れません。

しかし、美人であろうがなかろうが相手に対して返報性の法則を期待するのなら、それは「お返し」を要求する「取引」だということです。

好きな人の「役に立てて嬉しい」とか「相手の喜ぶ顔が見れて嬉しい」という感覚はないのでしょう。

まぁ、引き合う者は「相応」です。

相手を自分の「モノにしたい」ために金銭を支払ってアドバイスを受けるという神経ですからね。


この手のビジネスに蔓延っている「思考は現実になる」というフレーズは、「信じる者は巣喰われる」という「宗教」と同じ。

「思考は現実になる」というビジネスで金を稼いでいる輩に、震災、強盗、強姦、イジメにあった人に、「同じことをいってみろよ」と思いますね。

誰の思考で、自然災害が起きるのか?

誰の思考で、強盗や強姦にあうのか?

被害あった人に同じことがいえるのか?

脳科学で知られている「苫米地英人」氏は、著書の中で「ゲシュタルトは2つ認識できない」という理論を展開しています。

出した感情が受け取る現実などというブログを書いて金儲けをしている連中は、左派メディア同様「自分に都合良く偏向、誇張」しているに過ぎない。

苫米地氏が定義したのは、現状のゲシュタルトを破壊させ「理想とする現実」を作り出し「2つの現実を共存させる」ことで変化を起こすということです。

それによって、現状のゲシュタルト(先入観として捉えている世界)を崩壊させるという理論です。


出した感情が「受け取る現実」ではない。

そもそも、自分以外の誰かに何とかしてもらおうという依存からは何も実現できない。

そういう依存から抜けられない方は、いつまで経っても同じことを繰り返す。

まぁ、拙ブログの読者の皆さまには縁遠い話かと思いますけどね。



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明けましておめでとうございます。

皆さまにとって、幸多き年となりますよう 心よりお祈り申し上げます。

本年もよろしくお願いいたします 。

さて、今日は、運について書いてみたいと思います。

初詣で、何を願うのか?

本来、神社などで「何とかしてください」と願うものではありません。

神様が何とかしてくれると思うのは間違いです。

神様は、サポートしかなさいません。

そして、必ずしもサポートされる訳でもありません。

それで、松下幸之助氏の言葉を書いておきたいと思います。

松下幸之助氏のあり方に、そのヒントがあると思います。


鷹がスズメになろうとしても、スズメが鷹になろうとしても、それは運命であって変えることはできんな。

けど、鷹は鷹なりに、スズメはスズメなりに一生懸命生きる努力はせんといかん。

そこに、それぞれが成功する道も開けてくるんやな。

だから、運命が、運が90%だから努力せんでいいということにはならんね。

そして、努力したから必ず成功すると考えてもあかん。

しかし、成功するには必ず努力が必要なんやと。

 

故 松下幸之助 氏は「運」が90%だと考え、90%の「運」より残りの10%が重要だと述べています。

依存する方には「特徴」があって、自分で行動しないくせに人を羨ましがるだけです。

そういう方たちは、決まって「技術職は良い」とか「手に職があるから羨ましい」などといいながら、技術を身につけようとか努力して何かを得ようと「行動」することがない。

そして、誰々は「頭が良いから」とか「才能があるから」だという。

そんな風に「自分はそうではないから」と言い訳をして、愚痴や不満を吐いて「同じような連中」と日々を過ごしている…

誰かに「依存」し「他律」する方というのは、最初から「逃げ道」を用意している。

やらない理由を作ることから始める。

だから、挑戦しようとすることもないし、自分で現状を打破しようとしたがらない。

こういう方は、タナボタを期待しながら「運」や「成功」についての著書やブログを読んでいるように思いますが、この手の方が仮に成功できたとしても、すぐ転落していくでしょう。

90%の「運」より残りの10%が重要だと述べた松下氏の人生は「美談」で語れません。

松下氏は、大阪の証券業界では知らない人がいない相場師であったようで、「ホナ○万株頼むわ」と、数億円という買い注文を周囲を唖然とさせるほど簡単にいう方だったようです。

会社がつぶれれば全財産を失うし、巨額の借金を負えば最終的には破産です。

松下氏の豪快な一面だけを見ていては、松下氏の「経営に対する覚悟」が生半可なものではなかったことは理解できません。

会社が傾けば、全財産を投げ打つのは「経営者」として当たり前なんです。

松下氏は、そういう覚悟を持って生き、人生を歩いた人だろうと思います。

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