近畿地方にお住まいの方は大丈夫でしたか?

今朝、通勤途中の停車駅で誰かの携帯(スマホ)から緊急地震速報が鳴り響き、しばらくすると大きく車内が揺れました。

昨日も群馬で震度5弱の地震があったばかりです。

皆さまも、くれぐれも日ごろから何かあったときの備え(最低3日分の飲食、できれば1週間分といわれています)をしてください。

また、自然災害は家族が一緒にいるときばかりではありません。

何かあったときに「ここで会おう」と普段から決めておかれること、避難経路なども家族で話をしておくことをお勧めします。

哲学思想カテゴリでは、神は愛だとか自然は調和だというブログを見かけることが少なくありません。

しかし、今日のように自然災害は突然おきるものです。

老子は、それを国虚用第五のように説きました。



天地は仁ならず、万物をもって芻狗(すうく)となす。

聖人は仁ならず、百姓(ひゃくせい)をもって芻狗となす。

天と地の間は、其(そ)れ猶(な)お槖籥(たくやく)のごときか。

虚(むな)しくして屈(つ)きず、動きていよいよ出ず。

多言はしばしば窮(きゅう)す。中(ちゅう)を守るに如(し)かず。
 

(解釈)
 

天地には仁慈というものはない。

万物を祭壇に供える飾り犬と同じに見ている。

祭礼が済めば捨てられるのを黙って見みているだけだ。

聖人にも仁慈はない。

民が飾り犬のように死ぬのを見ているだけだ。

天地の間は鍛冶屋のふいごのようなものだ。

中は空なのに動くと際限なく風を噴き出す。



老子は、中華人民共和河南省の生まれと書かれていますが、特定の誰かではなく複数の人が書いたものをまとめたもので老子という人は実在しなかったようです。

国虚用第五では、自然に仁愛の心はないと述べています。

自然は万物を使い捨てにし、自然の働きは空気を送り出す鞴のように空っぽの中から尽きることなく物の供給は途絶えることがない。


動けば動くほど物は生み出され万言が費やされ知は涸れて、なお世界の芯(中、核心)は不滅だと説いています。

自然界は、食物連鎖、自然淘汰、弱肉強食。

そうやって「調和」を保ち、そして、また新たな命を育んでいきます。

それが、自然の在り方であって、人間が期待しているような「優しさ」や「愛情」はない…

現実と向き合えば、「自然は愛」だ「調和」だとは決して思わないでしょう。

私たちは、自然の驚異や在り方を無視して生きてくことはできません。

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何かあってからでは遅いので、大切なご家族や仲間と、日ごろから災害に備えた訓練や備蓄をなさってください。


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