大空のサムライは、第二次世界大戦中の旧日本軍の海軍パイロット坂井三郎氏が戦後に書いたものです。

撃墜王と呼ばれた坂井氏が、その半生を振り返り戦時中の状況を克明に記している本書は、坂井氏のストイックな在り方に心打たれます。

62AD8120-90B6-413C-9A67-E372539432CF

数多くの戦死者を出した空戦から何度も生還し、ついには撃墜王と呼ばれるに至ったのは、坂井氏のたゆまぬ努力の結果でしょう。

戦いがない日は空を凝視し続け昼間でも星が見えるほど目のトレーニングを積んでいたという坂井氏は、空戦では誰よりも敵機を見つけるのが早かったといいます。

坂井氏は九州の農家に生まれ、16歳で海軍を志し、海軍航空隊の戦闘機パイロットとして支那事変、日米戦争を戦い抜き、敵の爆撃機や戦闘機大小70機近く撃墜し生還しています。

平常からも空中戦のために限界に耐えるように心身を鍛え、最も重要な視力では鍛錬の結果、昼間でも星が見えるようになったといいます。

酒井一飛曹は、1942年、戦死者が続出し搭乗員の墓場といわれた南洋ラバウル基地で戦友と激戦の日々を送りました。

ある日、ガダルカナル上空で敵の8機の鑑上爆撃機の編隊を戦闘機と誤認して追跡したため敵に撃たれ重症を負います。

意識が朦朧とした中、気がつくと飛行機は海面スレスレを背面飛行し、燃料が不足していた…
 
下を見ると日本海軍の巡洋艦2隻が見えたので、坂井氏は「着水すれば助けられるかも知れない」と思ったそうですが、その2隻が重大な任務を持ち数千人の人々が戦場に向かっていることを思いやめました。

そして、重症を負い激しい痛みに耐えながら1千キロ以4時間以上かけてラバウル基地へ帰ったのです。 


日本が戦禍へと巻き込まれ多くの人が亡くなられ、日本人が日本という国を守るため皆が命をかけた歴史を忘れてはなりません。
 
前途ある多くの若者が、国を守るため、家族を守るために、その尊い命をかけたのです…

下の画像は、世界が驚愕した「日本帝国海軍」の激戦を物語る画像。
 

93586B83-EA13-4694-8851-E35F3FB5B02F

最後に、坂井三郎氏が若者にあてたメッセージを書いておきたいと思います。

坂井三郎氏は現代の若者に対して「大東亜戦争という日本の存亡の危機にあたり、若い前途有望な青年たちがみな命をかけて祖国を守ろうとした史実」を忘れないでほしいと述べています。


戦死された方々は皆健康で頭脳明晰な日本を背負う人々であったのです。

その方々の「日本を守る志を継承すること」が、再び危機の時代を迎えた現代日本人の使命ではないでしょうか?



⬇︎下記バナーの応援クリックをお願いします。


人気ブログランキング
 
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村

※よろしければ、ぜひお気に入り登録をお願いします。
※ツィッターなどでブログを紹介いただけると助かります。