私が潜在意識(哲学思想)カテに10%エントリーしている理由。

それは「哲学思想」の上位カテゴリ「人文」が好きだからです。

人文というのは読んで字の如しなので説明は端折りますが「人の力」というのはスゴイと思っています。

政治や経済を動かすもの会社や組織、その最小単位は個人であり自らの価値観を持ち自ら判断できる自律自立した「人」が増えることを願っています。

ゆえに「哲学思想」含む下位カテゴリで見かける「他人の価値観による幸せ」にとらわれ物事を自分の価値観で見えていない方に記事を書いています。

人間の「依存心」は寄りかかる相手を探そうとする。

「依存心」の強い方はネガな感情にとらわれやすい。

だから、物事を前向きにとらえずに「なぜ自分だけがこんな目にあうのか」と、自分以外の何かに原因を探しはじめる。

潜在意識(哲学思想)カテゴリに多い「どうしたら幸せになれるか?」に群がる方の特徴です。

彼らは運命に挑もうとしない。

何かのせい。

誰かのせい。

自分は悪くない。

そんな言い訳ばかりしていたら決してそこから出られない。

そうやって出口のない迷路にいる方は「あなたが今不幸なのは、後で楽しい体験をするためです!」やら「傷つく嫌な経験は、後から幸せを感じるためです!」という妙な(詐欺師)連中に引っかかる。

こういう商売が成り立ってるのは「平和ボケ」からだと思います。

今日、生きられるかどうか分からない人々や今日、食べ物にありつけるか分からない人に同じことは言えないはずです。 

心理には「共感トリック」というのがあり「詐欺」にはよく使われている。

一般に女性は男性より共感性が高いため、この手の詐欺は男性より女性が引っかかる。

他者への共感というのは人に備わっている大切な「機能」です。

だから「ない」と問題行動の原因になる。

そういう意味で共感は必要だといえます。

幸せになりたい!という方は、自分が「不幸」だと思っているわけです。

だから「幸せになるために不幸なんだ!」といわれれば期待するわけですが、こういうビジネスをしている連中は「私も、昔、そうだった」と騙り「幸せになれる」方法があると言い出す。

幸せになるとか、幸せになるためとか…

そもそも、幸せというのものは「誰が決めるもの」なのでしょうね?

今日、食事ができること。

仕事があること。

家族がいること。

健康であること。

それを「幸せ」だといわないのか?

周り(世の中)が目に入らない者は「幸せ」が何かを理解できない。

日本に住んでいるというのは、とても恵まれているということを知らない。

世界には小学校さえ行くことができず路上で暮らす子供たちがいる。

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親もなく、劣悪な環境下で生きている。

紛争地では、兵士としてしか生きていく手段がない子もいる。

さらわれて兵士にされる子もいる。

民族問題や宗教問題を抱えた国では、命を奪われることなんて日常的にある。

・児童死亡率 3万3千人/日
(栄養、医療などの不備で死亡)

・地雷によって負傷する児童 約70人/日
(20分間に1人)

・戦争、紛争で死亡した児童 
冷戦後、10年間で200万 (大人の戦士より多い)

負傷した児童 500万

家を失った児童 1200万

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こういう子供に言えるだろうか?

私は「不幸です、幸せになりたい」と。 

不安につけ込んだビジネスを展開している連中は、そういう子供に言えるのか?

目の前で親を殺され、あるいは犯され。

助けを求め、泣き叫んでも誰も来ない。

彼らに言ってみろよ。

幸せになるためにお母さんが目の前で犯され、お父さんが殺されたんだ。」と…

安全な日本で暮らし、五体満足で、家族が居て、一緒に食卓を囲むことができる。

そういう人間が不幸といえるのか?

自ら切り開くことができる環境にありながら、誰かや何かに幸せにして欲しいと願い、悪いことは自分以外の何かのせいにして生きる。

私は、ハッキリ書いておきたい。

選択肢のある暮らしの中でさえ、文句をいい、不幸を嘆いている。

自ら乗り越えようともせず「不幸」だと思っているうちは迷路から出ることはできない。

そういう連中は、例えチャンスが訪れても活かすことはできない



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