結果が伴わないときほど、「動機」を自身に問う必要があると思います。

自身の「目的」を見失うことのないよう明らかにしておくことです。

「結果」を出せなかったときに、その人の粘り強さや忍耐力が分かります。

とかく人間というのは、自分が費やした時間、かけた労力に対する報酬を求めたがるものです。

こんなにやった、こんなにも頑張ったのにと嘆いたり、不満や愚痴を吐く方がいますが、それはオカシナ話です。

こんなにやったから、こんなに頑張ったから、だから何です?

やれば必ず結果がついてくるなら、この世の中、誰もがそうします。

人気ブログランキングの哲学思想カテにエントリーしていたころ、「こうすれば幸せになれる!」とか「本気で願えば、願いは叶う!」という妙なブログをいくつか見かけました。

こういう逝かれた方ほど、エネルギーだとか宇宙だと騙りたがる。

脳内に悪い何かがわいているか知りませんが、行動したからといって必ず答えが出る訳ではないのが、この世です。

だから、我武者羅に走り続けるのではなく、やり方がマズければ、根本から修正する必要も出てきます。

こんなにやったとか、こんなに頑張ったというのは、関係ないんです。

だからこそ、明確な「目的」と強い「動機」が大切です。

自分は、何をどうしたいか?

自分は、何をどうするのか?

とどのつまりそれだけです。

認めてもらうという、人の目に映る自分を思い描くというのは「強烈な動機」にはなりません。

「見てくれない」

「分かってくれない」

「認めてくれない」

相手のあることに結果を求めても思うようにはならない。

継続していくというのは簡単なことではありません。

だから、主眼を何処に置くかは「重要」です。

厳しい状況にあるときは、温かい言葉や優しく包んでくれる誰かが必要なときもあると思います。

そういう人の優しさに触れることも大切です。

しかし、甘え癖をつけると「依存」するようになるし、何かあったとき、いつもソコに頼るようになるものです。

楽な方へ流されやすい方というのは、 今までの生き方が大きく影響しています。

過去に脳の仕組みについて少し書きましたが、脳は、消費を嫌うので、変わりたがらないし、楽な方を選ぼうとします。

だから、同じことを繰り返している方が変われないのは、それが習慣化しているといえます。

そういう理屈を知っておくと、立ち止まって自分の心と向き合うチャンスだと分かるでしょう。

結果というのは、いつも後からしか分かりません。

人類の進歩発展に貢献してきた方は、自分の描く理想を見失わず、己の信念を貫いただけです。

特に、名を残しているような方は、命がけで事に当たっています。

結果ばかりに意識がいくと、自己評価がオカシナことになります。

努力というのは、結果が出るからやるものではないはずです。

結果を出すまで諦めない。

それが、努力するということだと思います。

上手くいかないとき、結果を出せないときどうするか?

投げ出すのか?

やり直すのか?

あなたが、あなた自身に問うことです。