今日のタイトルは、昨年、終戦の日に、産経さんがアップした先人への礼欠かぬ和解を 「譲れぬ価値」再確認する時だに書かれていた言葉です。

昨日「靖国神社のみたままつりに参拝。 遊就館で英霊の皆様の、日本国の未来を願い、大空・大海に散っていった思いのこもった言葉の数々を拝見し、この日本を支那・朝鮮をはじめとする反日勢力から守らねばならないとの気持ちを新たにしました。 」というツィートを読みました。

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戦後、焼け野原から「復興を果たした日本人」は、前を向く勇気と、助け合いの心で未来を切り開き、今日を迎えました。

しかし、日本人の「あり方」は、平和によって変わりつつあります。

私たちが迎えた「平和な日本」は、ある日、突然、訪れた訳ではありません。

この国の平和は、戦後の人々の強く逞しい精神と、おおらかで朗らかな先人たちによって築かれてきたものです。

先人たちが築いてきた日本を、私たちの代で終わらせることがあってはいけません。

在日や工作員による反日活動は止むことなく、政界、芸能界、放送業界に蔓延り、偏向報道、印象操作を垂れ流し続けています。

そういう印象操作に踊らされる情弱な連中が、「憲法9条によって日本は守られてきた」とか「許し合う心こそ世界を平和にする」などとSNSなどで発信している訳ですが、そういう寝言は、紛争地で語ってこそ意味があることです。

紛争地では、能天気に「平和を語る」前に命を落とします。

この手の「脳内お花畑」な連中は、SEALDsと同じなんでしょうね。

当時、SEALDsは「敵国が攻めてくるというのなら、とことん話して酒飲んで遊んで食い止めます」という迷言を吐き、その寝言を聞いて、「やってみろよ」と思ったのは、私だけではなかったと思います。

SEALDsの中心メンバーである奥田が、自分や家族に向けた殺害予告を受けて震え上がり、それまで散々毒づいていた警察に慌てて駆け込んだことは、よく知られていることです。

戦禍に巻き込まれれば、寝言をいってる暇はありません。

家に鍵を掛けずに過ごせば、間違いなく空き巣か強盗が入ります。

「戦争反対」や「平和」を叫ぶ、言葉だけの連中は、物事の本質を無視した幻想を夢見ているか、そうでないならシナかロシアか北南朝鮮の工作員です。

世の中は、綺麗事などでは済まされない。

日本は、2つの原子爆弾を投下され、広島市の人口35万人(推定)のうち9万~16万6千人が被爆から2~4ヶ月以内に死亡し、長崎市の人口24万人(推定)のうち約7万4千人が死没、建物は約36%が全焼、または、全半壊しました。

広島、長崎だけなく、都市部や軍需工場があった町は、全て焼け野原になりました。

戦後も、国内では形容し難い朝鮮人や台湾人による悪辣な行為が横行し、日本人は、人としての尊厳も、命の尊厳もない「非人道的暴行」と「陵辱」を受けた。

それでも、日本人は、前を向いて諦めず、戦後の日本を復興させていきました。

今ある「現実」は、そのような先人たちの意識が作り、努力の結果として「実現」したのです。

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先人たちが築いた日本。

日本を守るために「命」をかけた人々。

その尊い命をささげた軍人・軍属と民間人計310万人に頭(こうべ)を垂れる際、「日本の未来を任せてください」と胸を張っていえる、日本人でありたいと思います。



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