原因と結果の関係を受け入れない人は、現実と幻想の境界がない。

だから、自分に都合の良いモノだけを見て、自然の法則を無視する。

自然には、夢見がちで現実を見ない連中が語る「愛」や「調和」はない。

暴風、豪雨、豪雪、雪崩、洪水、高潮、津波、噴火、竜巻、台風、落雷、地震…

こうした自然の姿に「愛」や「調和」があるかは、現実を見れば明確です。 

東日本大震災では、死者15,894名、重軽傷者6,152名、警察に届出があった行方不明者2,561名(未確認情報を含む)。

阪神淡路大震災では、死者6,434名、行方不明者3名、負傷者43,792名。

自然は、多くの命を飲み込み、人々から日常を奪っていきました。

自然は、弱肉強食、食物連鎖、自然淘汰、そこに「調和」がある。

増えれば減り、減れば増え、消えては、また新しいものが産まれ、何れかに傾けば、また反対に傾く。

この世の全ては、同じ状態を保ち続けることはありません。

しかし、日本の平和は、私たち次第で保つことが可能です。

誰ひとり殺させないためには、どうすればいいか?

安全関連法に反対するママの会では「誰の子どもも殺させない」をスローガンにしているようですが、平和ボケもいい加減にしろ!といいたい。
http://mothers-no-war.com/

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あなたがたは、家に鍵をかけないのか?

警察はいらない
のか?

家に鍵をかけないで過ごせは、どうなるか?

警察のいない治安は、どうなるか?

言い換えれば、あなたが、明確な「目的を持って」強盗に入るなら、どんな家を狙うかということです。

屈強な若い男性が何人も住んでいるような家を狙うだろうか?

女、子供、老人の住んでいる家を狙うのではありませんか?

日本にはシナや朝鮮の工作員が蔓延り、明確な意図を持って「偏向報道」を繰り返す新聞、雑誌、ニュース番組が腐るほどあります。

戦争反対を騒ぎ立て、沖縄基地反対などを騒いでいる連中の意図するところとは何でしょう?

昨日、通州事件から80年を迎えました。

事件については、産経さんの記事をご紹介したいと思います。

邦人多数虐殺「通州事件」 中国共産党の扇動判明 蜂起部隊に工作員接触

日中戦争(1937~45年)の開始直後、北京郊外で邦人多数が虐殺された37年7月の「通州事件」で、蜂起した親日地方政権の中国人部隊が、中国共産党の扇動工作を受けていたことが、中国での研究で明らかになった。日中戦争は今年で開始80年となるが、「抗日民族統一戦線」の結成を急ぐ当時の共産党が、敵対する親日政権の軍・警察組織に離反を働きかけたことで、惨劇につながる蜂起の素地が事前に形成されていたことが裏付けられた。(編集委員 山本秀也)

 通州事件を起こした「冀東(きとう)防共自治政府」(所在地・通州)の「保安隊」をめぐっては、国民党政権の軍・地方長官と保安隊幹部の通謀が判明する一方、共産党の関与に関しては、日本では可能性が指摘されながら実態が明示されていなかった。
 共産党の関与を示す研究は、党史や地方史に関する報告として、河北省唐山市の機構が運営する研究サイト「政協唐山文史網」や、歴史専門誌「国家人文歴史」などで、近年相次ぎ公表された。
 それによると、河北省周辺での地下活動を統括した共産党北方局(劉少奇書記)の下で、「黎巨峰(れい・きょほう)」「王自悟(おう・じご)」という工作員が、35年の冀東防共自治政府の成立直後から、保安隊の張慶余(ちょう・けいよ)・第1総隊長、張硯田(ちょう・けんでん)・第2総隊長と関係を構築した。
 この接触で、共産党は「抗日救国に一致団結する大義」を張らに植え込んだほか、保安隊内への浸透も進めた。
 さらに、盧溝橋事件に始まる日中戦争以前に華北一帯で頻発した抗日活動も、共産党の工作が奏功したものだと指摘。
 実例として、36年11月、河北省昌黎県を列車で移動中の山海関守備隊長、古田竜三少佐ら日本軍将校5人が、同じ保安隊の兵士に拉致された事件について、共産党に影響された張硯田の指示だったことを明らかにした。
 35~36年当時、毛沢東率いる共産党は、陝西省北部の根拠地で国民党軍の包囲を受けつつ、党勢の立て直しを模索。国民党や親日勢力を取り込む「抗日民族統一戦線」の構築を方針に掲げ、国民党などの支配地域で地下工作を進めていた。
 保安隊工作にあたった黎巨峰は、小学校の教員を務めた地下党員。「通州兵変(クーデター)の推進役」として評価される。事件後は河北省東部(冀東)地区で共産党武装組織の幹部となり、38年8月に同省楽亭県での暴動を組織した。
 張慶余らは、盧溝橋事件(37年7月7日)で日本軍と衝突する二十九軍の軍長などを務めた国民党の宋哲元らと事前に通じ、資金を供与されていたとされる。
 通州事件で、保安隊は7月28日の深夜から行動に移り、第1総隊が日本軍守備隊の攻撃、第2総隊が外部との連絡切断、教導総隊が駅の制圧と日本軍増援部隊の阻止を担当した。共産党が蜂起計画に直接関与したのか、あるいは一般居留民の被害まで想定していたのかはなお不明だ。
 蜂起を指揮した張慶余らは通州事件の後、国民党軍の中将となり、戦後まで生存。中国では「抗日将領」として評価されている。

【用語解説】通州事件  日中戦争開始直後の1937年7月29日未明、北京の東にある通州(現・北京市通州区)で、親日地方政権「冀東防共自治政府」(殷汝耕=いんじょこう=政務長官)の保安隊が蜂起した事件。自治政府、日本軍の関係機関のほか、日本人居留民が襲撃され、朝鮮半島出身者を含む200人あまりが死亡した。多くの女性や子供が、きわめて残虐な方法で殺害されたことで、日本の国内世論を激高させた。
(2017.1.4 産経)

きわめて残虐な方法で殺害され「日本の国内世論を激高させた」と記事にあるように、日本人には考えも及ばない鬼畜の所業だったということです。

どのような内容であったかを詳しく知りたい方は、「慟哭の通州」をお勧めしておきます。

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彼らは、内モンゴルの人々にも、ウイグルの人々にも、東トルキスタンの人々にも同じことを繰り返してきた。

台湾の若者は、シナのやり口をよく知っており「警戒」しています。

日本も、情報に敏感な若者を中心に、こうした事実と、今、日本は「加計」の偏向報道に時間を潰している場合ではないことが、ネットで拡散されつつありますが、日本の脳内お花畑なママたちやTVや新聞しか知らない老人にまで、この事態を周知していく必要があります。

ひとり、ひとりの力は小さくても、皆で力を合わせれば、情報の拡散を、より大きくできると思います。