心の風景

今日ツィッターを見て「またパンダをレンタルするのか?」と政府に対し声をあげたくなりました。
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パンダの新規貸与要請へ 中国前向き、関係改善の証し?  10/17(水) 20:55配信  

安倍晋三首相が、26日に予定されている中国の李克強(リーコーチアン)首相との会談で日本に新たなジャイアントパンダを貸与するよう求めることがわかった。これまでの事務レベルの調整で、中国側も前向きに検討する方針を日本側に伝えており、首脳会談をきっかけに貸与する日程や頭数などの協議が本格化する見通しだ。

 パンダの新規貸与が実現すれば2011年2月以来。受け入れ先は、神戸市の王子動物園や仙台市の八木山動物公園が想定されている。頭数によっては、どちらかの施設に限られる可能性もある。来年に予定する習近平(シーチンピン)国家主席の訪日の機会に正式合意する案もある。実現すれば、両国の友好ムードが一層高まりそうだ。

 中国は1972年の日中国交正常化の際にパンダを贈るなど「パンダ外交」を展開してきた。日本政府関係者は「中国が貸与に前向きなのは、習指導部が日本との関係改善に本腰を入れている証しだ」とみる。(2018.10.18朝日新聞デジタル)
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6300403



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ご存知の方も多くいらっしゃると思いますが、ジャイアントパンダはチベット国のパンダです。

中国共産党の侵略によってチベットから奪われ、パンダ外交として利用されています。

現パンダが、唯一自然界に生息する現生息地は四川省成都西は、1950年代に中国人民解放軍が侵攻した地であり、チベット併合前の中国内にはパンダはいない。

侵略によって他国の財産を奪い取る国、侵略国家China。

国有財産、民族の伝統・文化を奪い、支配し監視下に置く。

日本では「チベット自治区」と呼ばれていますが、チベット自治区だけでも123万㎢あり、チベット本来の範囲は広大な面積です。

四川省西半分はチベット高原で、それは省都である成都のすぐ西から始まり成都から南西に240㎞ほどのところにあるミニヤ・コンカ山の標高は7556m。

成都は古くからシナ人が居住し三国志の蜀の都ともなったところです。

シナ人は「チベット高原」に上ることができず、高原はチベット人の世界であり、パンダは、このチベット高原の東端の地域に生息している動物です。

チベット侵略によって、パンダが日本にレンタルされ外交に利用されていることを考えれば、パンダ可愛い、日本へようこそ!と喜べるでしょうか?

声をあげてほしい。

日本は、チベットから奪ったパンダはいらないと!



 

「南京大虐殺の嘘」について鈴木史朗氏が書かれた記事をご紹介したいと思います。

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鈴木氏は今年「正論 緊急特大号 8」にも記事を掲載されており拝読いたしましたが、
鈴木史朗氏の「南京大虐殺」はなかったのだという強い思いを感じずにはいられませんでした。



【南京大虐殺は真実ではないと思う理由】
 〈もう一度南京へ〉

 TBSのバラエティ番組『からくりテレビ』の名物コーナーで、私が司会を務めていた「ご長寿早押しクイズ」。毎週数名のご長寿の方にご登場いただき、クイズに答えていただく人気コーナーでしたが、今から十一、二年前、南京戦に参加されていたという会津若松の方にお会いしたことがありました。

 撮影の合間に南京の話になり、私が「あそこは大変なことがあったから、もう南京には行けませんね」と声をかけると、その方が「いや、私は死ぬまでにもう一度南京へ行きたいんであります」とおっしゃった。私は驚いて、「どうしてですか」と聞いたところ、こんな話をして下さいました。

 「衛生兵として南京で日本兵を助けたが、怪我をした中国の敗残兵も助けた。軍のトラックで送ってやったら中国人の家族が非常に感謝して、家宝の掛け軸をくれたんです。さらに『戦争が終わったら、ぜひもう一度南京へ来てほしい。歓待したい。一日千秋(いちじつせんしゅう)の思いで待っている』とまで言われたんです。だから、私は死ぬまでにもう一度南京に行きたい」

 このことでハッと思い出したのは、私自身が幼いころ、南京戦直後に中国にわたり、天津で過ごした日々のことでした。それは、「大虐殺」があったなどとは到底考えられないほど、大変のどかな日々だったのです。

 この方にはその後、もう一度お会いする機会があったので、「南京大虐殺」の証拠写真とされている、松葉杖をついた片足の中国兵と、笑顔の日本兵が並んで移っている写真を持って行ったんです。キャプションには、「残虐な日本兵によって、逃げられないように片足を斬り落とされた中国兵」と書かれていました。

 ところが、この写真を見せたところ、南京戦に参加されたその方がとても喜んだんです。「この兵隊のことは良く覚えていますよ。アルマイトがなかったので、ヤカンをつぶして義足を作ってやったんです。いやー、よかった。この写真、いただいてもいいですか」

  他にも、実際に参戦された方々からさまざまなエピソードやをお話しいただきました。「たしかに、南京戦で相手の兵士を殺した。だが、それはあくまでも中国の兵士であって、日本兵も戦死しています」、「トーチカから撃ってくる兵士を仕留めて近づくと、機関銃手はまだあどけない顔の若者で、鎖でつながれていた。武士の情で彼らの墓を作ってやりました」。

 「南京戦後、中国人から『兵隊さんありがとう。あなたの靴を磨かせてください』と言われて、泥だらけだからと断ったのだが、どうしてもといわれたので磨いてもらった。気持ちが嬉しくて、飴玉をあげました」。

 そして、少しずつ勉強する時間が取れるようになり、勉強しはじめてみると、東中野修道氏や北村稔氏、また『WiLL』に連載されている西尾幹二氏ら「現代史研究会」の研究成果が自分の体験と重なって、歴史を学べば学ぶほど、また中国での日々を思い出せば思い出すほど、「大虐殺なんてあり得ない」という確信を得るにいたったのです。

 〈天津での日々〉

 私は、一九三八年(昭和十三)年二月十日に京都で生まれました。直後に、父が「大陸で一旗挙げたい」といって、それまで勤めていた有名な生命保険会社を辞めて単身、大陸へわたったのです。残された母は、私が一歳になるのを待って、一九三九年四月頃までには大陸へわたりました。南京戦が行われたのが一九三七年十二月のことですから、その一年半後には、もう私の母は女一人、子供を抱いて中国にわたっていたことになります。



 そして、天津の日本人租界での暮らしが始まりました。元々フランス人租界だったところを日本人租界にしたそのあたりは非常にのどかで、その様子が伺える当時の写真も数枚残っています。引き揚げの時に持ち出しを禁止されたので、写真はかぎられたものしか残っていませんが、一枚目(上)は天津市淡路街という日本人租界の民団住宅前で撮影したものです。私と二人の妹と、近所の中国人の子が一緒に写っています。中国人の子の母親が非常に良くしてくれて、妹たちにおそろいの中国服を作ってくれました。

 もう一枚(下)は天津市須磨街の自宅付近で撮ったもの。近所の中国人の楊車(輪タク)夫が楊車に私たちを乗せて遊ばせてくれている光景です。背景も写っていますが、近所の中国人もよく日本人租界へやってきて、「日本人街の水道はきちんと整備されているから」などといって、水道の水などをもらって帰っていました。

 「天明公社」という貿易と軍需関係の合弁会社を設立した父の事業もうまくいっていて、わが家は結構裕福な暮らしをしていました。父が行き倒れになった中国人夫婦を助けて、自宅のガレージの一角に部屋を作って住まわせていたこともありました。その夫婦は恩義に感じてくれたのか、三人の子供にそれぞれ「小一」「小二」「小三」と日本風の名前を付けていて、私と同じ歳だった「小二」とはよく遊んだ思い出があります。

 当時の天津は本当に安全で、私は子供の足で歩いて二十分ほどの幼稚園まで、毎日一人で通っていたほどでした。道すがらの中国人が私に対して何かを言ってきたり、身の危険を感じるうようなこともありませんでした。虐殺などが本当に起こっていたとすれば、日本人に対して何らかの罵声が浴びせられたり、少なくとも親から「一人で出歩いては危ない」などと言われたはずですが、そのようなことはありませんでした。

 それどころか、中国人に助けてもらったこともあります。家の近くを運河が流れていたのですが、土手でかけっこをして遊んでいて、川に落ちてしまった。溺れていたところを中国人の船頭さんが助けてくれて、自宅まで連れて帰ってくれたのです。川の水を飲んで赤痢(せきり)にはなってしまいましたが。

 たまに町で日本兵を見かけることもありましたが、中国人の友達も「カッコイイね。僕も将来はあんな兵隊さんになりたい」ということを言っていたくらいで、規律正しい日本兵の姿には、中国人も日本人も、ある種の敬意と畏(おそ)れを持っていたようです。天津には七年間住んでおり、子供ながらにシンガポール陥落など戦況についてよく話していましたが、「南京大虐殺」については一度も聞いたことがありませんでした。

 〈中国人女性にモテた父〉  

  父の会社の本社や事務所があった北京にも時々行きました。王府井(ワンフーチン)界隈の大通りに面したところに事務所がありましたが、当時の北京は賑やかで華やかで、やはり穏やかでした。太ももまでスリットの入ったチャイナ服の中国人の女性が自転車で走り去るのを見て、子供心に「すごいお姉さんだなあ」と思っていた記憶があります。

 父は、とにかく北京では中国人女性にモテてモテて、母はとても苦労していたようです。父は俳優の上原謙のような男前でしたし、明治の男ですから仕方がないとはいえ、恋愛結婚で一緒になって、大陸まで父を追いかけた母にとってはたまらなかったでしょう。

 ただ、もし本当に南京で日本人が民間人の大虐殺を行い、女性を強姦していたとしたら、中国人女性が日本人男性である父にそれほどまでにほれ込んだりはしなかったでしょうし、中国人同士の間でも「日本人なんかに熱を上げて」と非難されたはずです。しかし、そのようなことは全くなかったばかりか、父は中国人のためにも一所懸命働きましたので、老若男女問わず、中国人からは非常に尊敬されていたのです。

 〈南京ののどかな光景〉

 胡同(フートン)にある本社の隣には、北京の警察署がありました。父と署長は仲が良く、どこかへ一緒に列車で出かけたこともありました。署長さんはお金持ちだったからか、一号さんと二号さんを隣りに乗せていて、どちらもとても素敵な女性でしたが、口紅ばかり塗っていて子供の私には目もくれず、冷たくあしらっていました。「可愛がってくれないんだなあ」と思ったのを覚えています。

 しかし、そう感じたということは、逆に言えばそれ以外の中国人の大人たちは、日本人である子供の私を非常に可愛がってくれていたということでしょう。 三、四歳の頃には南京へも行っているんです。まだ記憶はおぼつかない頃ですが、親父に後から聞いた話は覚えています。

 「お前を南京に連れて行った時、泣かずに頑張った。南京のある中国人が、そんなお前の態度を見てとても気に入ってほめてくれたんだ。しかも、『耳の形がいい。こういう人物と付き合うと、自分の運気も上がるから、是非抱かせてくれ』といって抱き上げてくれたんだよ」

 また、父は南京で聞いた話をもとに、よくこんなことを言っていました。「聞いたところによると、日本の兵隊さんが食糧を分けてくれたので、南京の人々は助かったんだそうだ。お前もいい兵隊さんになるためには、強いだけではダメで、思いやりをもたなければいけないよ」

 この話は非常に印象的だったのですが、後のこの話に通じる事実があったことを知りました。あのジョン・ラーベも日本軍宛に「私どもは貴下の砲兵隊が安全地区を攻撃されなかったという美挙に対して、また同地区における中国民間人の援護に対する将来の計画につき、貴下と連絡をとり得るようになりましたことに対して感謝の意を表するものであります」との書簡を送っており、報告書でも、日本軍からの米と小麦の配給があったことに触れています。

 もし本当に大虐殺が起こっていたとしたら、いくら書簡の挨拶文とはいっても「感謝」など示すはずがありません。


 〈命からがら引き揚げ〉

 歴史的根拠に関して言えば、二〇〇七年十二月に出版された『WiLL』増刊号「『南京大虐殺』に終止符!」で、映画『南京』が紹介されています。私もこの映画を見ましたが、あの映画ののどかな光景は、まさに私が天津で暮らしていた頃の記憶と重なるのです。とてもじゃないが、「虐殺があった」とは思えない光景が記録されています。

 増刊号でチャンネル桜の水島総氏も指摘されているとおり、この映画にはワイドショットが多用されているのですが、報道記者としての経験から言っても、ワイドショットでは不都合なものがあった場合、それが映りこんでしまうので、ドキュメンタリーを撮る場合には普通、あのような撮影はしません。「不都合なものなどない」から、安心してワイドショットで撮影していたのだと分かります。

 優しく、子供好きの日本兵、そして日本人と中国人が楽しそうに交流している様子。もし本当に虐殺があったなら、中国の人々も日本兵も、あのような自然な笑顔で交流することなどできなかったはずです。

 終戦を迎えると、さすがに中国人は現実的ですから、コロリと態度が変わりました。わが家に住んでいた中国人家族も、「引き揚げるなら財産を全て置いて行け」などと言いだしたほどです。こちらはせめてと思い、財産と引きかえに「持って帰ってはいけないといわれているので、写真を後から日本へ送ってほしい」と撮りためた写真を託したのですが結局、届きませんでした。送ってくれなかったのか、それとも没収されてしまったのかは分かりません。

 それどころか、父は貿易と軍需の会社をやっていた関係でスパイ容疑をかけられて逮捕、拘束されてしまいました。一番下の妹は三カ月くらいで出発前に死んでしまいましたし、父が死刑になるかどうかも分からない状況のなか、私と母はとにかく引き揚げなければということで、私は両手に妹を連れて、母は父の荷物まで一緒に背負って塘沽(タンクー)の町まで二週間かけて歩きました。銃撃を受けながら、ろくなものも食べられない状況での過酷な「行軍」だったのです。

 幸いなことに、父は共同経営者だった中国人が「鈴木(リンムー)先生は日中のためによくやってくれた。鈴木先生をこのまま殺したら、子々孫々から恨まれる」と一所懸命動いてくれたので刑を免れ、港で合流することができ、何とか一家で日本へ引き揚げてきたのです。

 〈テレビ局の「自主規制」〉

 命からがら日本へ帰った私は、その後大学へ進学し、TBSに入社しました。仕事が忙しく、その後中国を訪れることもなく、日々の生活に追われて天津での日々を振り返る暇もなかったほどでした。社会部で仕事をしているなかで、ふと気がついて周りを見渡したときには、「虐殺はなかったんじゃないか」ということすら言えない雰囲気が出来上がっていました。それがテレビ局の「自主規制」なのか、自虐史観を刷り込まれているからなのか、はたまた中国の謀略にかかってしまったからなのかは分かりません。

 局にいる間はこのことで揉めたこともありましたが、TBSを卒業してからは「もう何を言ってもいいだろう」ということで、講演などでも自分の経験からのお話をさせていただいてきました。それでも、雑誌やテレビが「私が経験から南京大虐殺などなかったと思う理由」について取り上げてくれたことは一度もありませんでした。

 以前、日本テレビ系列の『オジサンズ11』(〇七年十月~〇八年九月まで放映)という番組に出演していた時に、制作プロダクションから「何か番組で取り上げるテーマはありませんか」と聞かれたので、映画『南京』を取り上げてはどうか、と提案したことがありました。

 この映画は他の局で放映されたことはないし、これまでの「南京」のイメージが覆(くつがえ)る。南京の真実が伝わるだろうと思ったのです。プロダクションのスタッフが話に乗ってくれて、私は本当に嬉しかったんです。「これで真実が全国に広がるきっかけになる」と思っていたのですが、会議で上の人間から何か言われたのでしょう、有無を言わさず却下されてしまいました。その後はスタッフが私を見る目が変わり、目が合っても顔を背けるようになってしまった。非常に悲しかったですね。

 報道に携(たずさ)わる以上、「真実」に近づき、「真実」を伝えることが使命だと分かっているはずです。にもかかわらず、「検証」すらせず、中国のプロパガンダ、「嘘」に加担し続けるというのは、報道人としての風上にも置けません。すでに中国の手が回っているのかもしれませんが、「真実」を伝えることが報道に携わるものとしての、いや人間としての務めではないでしょうか。

 〈日中の未来のために〉

 「南京大虐殺」のような「嘘」があるかぎり、日中が手に手を取ってやってくことはできません。日本と中国は永遠に隣同士ですから、その関係を悪化させる中国の反日プロパガンダ、反日教育はたださなければなりませんし、このような状況は日本にとっても中国にとっても、「最大の悲劇」としかいいようがありません。

 私にとって、中国は「第二の故郷」なのです。その中国の方々が、このような「嘘」を永久に教え込まれ続けるとすれば、本当に悲しいことです。映画『南京』の冒頭には、このような字幕が流れます。「我々の同胞が一つになって闘った数々の光輝ある歴史の中でも南京入場は燦然(さんぜん)たる一頁として世界の歴史に残るだらう。その日の記録としてこの映画を我々の子孫に贈る」。

 我々は、どんなに時間をかけても「南京大虐殺は真実ではない」と伝えていかなければならない。それが「我々の子孫」……つまり日本人の未来のためであり、中国人のためでもあるのです。 

 筆者 鈴木史朗


ユネスコ世界記憶遺産として登録されてしまった「南京大虐殺」はなかったという「歴史の真実」を拡散し、誤った歴史観で日本や日本人を憎んでいる人々に歴史の真実を伝えなくてはなりません。

韓国の慰安婦問題なども同じで日本や日本人を貶めるためにやってもないことをでっち上げた。

偽りの歴史を叩き込まれ育った者たちが、日本人というだけで憎み「日本人には何をしてもいい」という感情を持っています。

皆さまもご存知のように、中国、韓国(在日)は圧倒的にそういう人間が多く、彼らは日本の仏像を破壊し、日本女性をレイプし、日本人を殺害している。

国内で起きている事件は、韓国・中国の割合が非常に高く、犯罪が後をたたない。

歴史を捏造する中韓と、この国の左翼や朝日新聞によって、現在に及ぶまで事実に基づかない「中傷」と「不利益」を被っている現実がありますが、中韓との情報戦に負けてはならないのです。

日本を守り他国の人々のために命をかけた先人たちに汚名をきせてはならない。

我々は、どんなに時間をかけても「南京大虐殺は真実ではない」という事実を伝えていかなければなりません。




沖縄知事に玉城氏 国と県の関係正常化図れ
沖縄県知事選は共産、社民両党や労組などでつくる「オール沖縄」が推し、米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する玉城(たまき)デニー前衆院議員が、自民、公明両党などが推した佐喜真淳(さきま・あつし)前宜野湾(ぎのわん)市長を破って当選した。
 8月に死去した翁長雄志(おなが・たけし)前知事は辺野古移設に反対し、国と激しく対立した。死去後に県は辺野古埋め立て承認を撤回し、埋め立て工事は中断した。
 当選した玉城氏は、翁長県政の継承を唱えてきた。だが、辺野古移設をめぐり、国と県の対立を再燃させるのは望ましくない。
 移設を妨げる県の従来方針を改め、国との関係を正常化し、基地負担の軽減を進めていく現実的な立場をとってもらいたい。辺野古移設は日米両政府が交わした重い約束事だ。抑止力維持の観点からも見直せない。米軍基地を国内のどこに置くかという判断は、国の専権事項である安全保障政策に属する。憲法は地方自治体の長に、安保政策や外交上の約束を覆す権限を与えていない。
 この民主主義の基本を玉城氏は理解してほしい。知事選に基地移設の是非を決める役割があると考えること自体が誤っている。玉城氏は、県による「埋め立て承認撤回」を取り消すべきだ。そもそも撤回するほどの不手際が国にあったとはいえない。
 もし、「承認撤回」を取り消さないのであれば、国は裁判所に撤回の執行停止を申し立てるべきである。認められれば、埋め立て工事を再開できる。
 宜野湾市の市街地に囲まれた普天間の危険性を取り除く上で移設は待ったなしの課題である。同時に在沖縄の米海兵隊は、北朝鮮や中国などを見据えた日米同盟の抑止力の要である。抑止力の維持と基地の安全性の確保を両立させるには、辺野古移設が唯一現実的な解決策だ。国と県の対立を再燃させて移設が滞れば、周辺国が日米同盟が動揺しているとみなす恐れがある。抑止力低下と普天間の固定化は望ましくない。
 玉城氏は「基地を造ったら平和にならない」と語ったが、抑止力を否定する発想は非現実的で安保環境をかえって悪化させる。中国が狙う尖閣諸島は沖縄の島である。防衛の最前線である沖縄の知事である自覚をもってほしい。(2018.10.1 産経)

https://www.sankei.com/column/news/181001/clm1810010002-n1.html

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沖縄知事選ではこのトンデモな平和論者が当選し、その背景に女性票が際立っていましたが…宜野湾市市長選は自公維新推薦、前副市長の松川氏が当選し、名護市長も今年初めの選挙で移転反対派を破って当選していますから、沖縄は確実に未来を見据えて行動している人が増えています。

知事選では、元ラジオDJとして知名度のあるデニー氏が有利だったことも票に繋がったでしょうけど、さきま氏の情報が十分拡散されていないことや拡散されていても受け取らない方がいたことも確かです。

女性票に関していえば、多くの女性は基本的に受身であり、変化を嫌い、争いを嫌うため、デニー氏の「平和」発言が影響したと考えられ、年配の方ほどその傾向にあったと思います。

そして、沖縄基地反対を叫ぶ連中の多くは地元民ではないことは皆様もよくご存知のことですが、その連中も選挙権を持っていたはずですし、選挙のために3ヶ月以上も前から引っ越してきた輩(2015年にTVタックルで放送されました)もいるはずです。

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尖閣周辺で中国当局の船が確認されるのは「〜日連続」という記事が日常化している現実を見て「基地を造ったら平和にならない」と語ったデニー氏には沖縄の未来が見えていないか考えていない。

尖閣諸島が領土になれば、そこから200カイリの排他的経済水域内が中共の海洋国土になり、天然資源の宝庫といわれる東シナ海を手に入れるためには手段を選らばない。

だからこそ沖縄にある米軍基地が目障りで日米同盟を引き裂きたいわけです。

日本という国を、未来の子供たちのために守ることができるのは 今の私たちのほかに誰がいるでしょう?

テロや紛争でさえ「聖戦」と謳い「正義」を振りかざして殺戮する現実があることを知ってほしい。

人類の歴史を見ても常に仕掛ける側という存在があり、略奪、虐待、強姦、虐殺が繰り返され、その中でも中共は「他民族虐殺、他宗教虐殺」の歴史しかないことを知ってほしい。

長くなるので、「他民族虐殺、他宗教虐殺」の歴史については、またの機会に「南京大虐殺の嘘」についてと合わせて書いてみたいと思いますが…

日本は、かつて自衛のために戦わざるを得なくなり、自らをも「犠牲」にする悲劇的な争いへと突き進んでいきました。

多くの若者が、国のため愛する者を守るために命をかけました。

自らが死を覚悟し戦地に向かわねばねらなかったのは、国家を守る、その背景に「家族を守りたい」という思いがあったことでしょう。

国がなくなれば、国の将来も、その国に暮らす人々の未来もないのですから。

我が国が戦禍へ巻き込まれていかないための自衛・国防、憲法改正が急務です。

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自国の利益のため他国の領土を奪い、民族から言葉を奪い、人間らしい暮らしを奪い、非人道的行為を繰り返す国が日本に照準を定めています。

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内モンゴル・チベット・東トルキスタン(ウイグル)の惨事を日本人は身近に感じるべきです。


デニー氏の知名度で投票してしまった方や地方自治体の長に安保政策や外交上の約束を覆す権限を与えていない民主主義の基本を理解していない玉城デニー氏に投票してしまった方。

防衛の最前線である沖縄の知事である自覚のない玉城デニー氏の「平和」に
踊らされ投票してしまった方は、平和を愛し武力を持たなかった国の人々を見るべきです。

中共に併合された国の人々は、蹂躙され土地や財産を奪われ、反対の声をあげれば投獄拷問され、自国の文化や言葉さえ奪われ、武力と監視によって弾圧され民族存亡の危機に瀕している。

その現実をシッカリ見てほしいと思います。




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バイキングでまた、杉田氏バッシングです。

以前、バイキングMC坂上忍が杉田水脈氏に関し「何が嫌かって同い年なんですよ」「議員の資質の欠片もない様なヤツ」などと発言したことは、皆さまも記憶に新しいことでしょう。

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杉田水脈氏が何を書いたのかを読んでもいないアンミカが「日本は世界の恥」とまでいった。

そもそもアンミカの「世界」って何でしょう…

ファッションのことなら説得力があるかも知れませんが「すごい傷ついた」っておかしいですよね?杉田氏の文を読んでいれば出ない言葉です。

杉田氏を吊るし上げて無知を曝け出す坂上やアンミカが政治を語るのはおかしいと、情報通の方なら誰しも思うことです。

バラエティーならバラエティーらしく知らないことは語るな。

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このようなデマ(無知が台本通りに読んだだけの内容)が、情報弱者と呼ばれる主婦層を中心に感情論で拡散されてしまうと「日本死ね!」が流行語大賞を取ったときのことを思い出します。

こういうデマを野放しにしておけば、左派メディアによるデマ活動によって今年の流行語大賞に仕立て上げられる可能性も否めません。

ぜひ、スポンサーに問い合わせましょう。




まずは、2018.9.20 の産経

自民党の小泉進次郎筆頭副幹事長は20日、総裁選で石破茂元幹事長に投票した理由について「違う声を強みに変える自民党でなければならないと思った」と述べた。党本部で記者団に語った。3選した安倍晋三首相については「政治家として腹の底からやりたいこと、思っていることを完全燃焼していただきたい。党内で違う声やさまざまな声があっても、それを強みに変えていただきたい」と語った。

https://www.sankei.com/politics/amp/180920/plt1809200055-a.html

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そして、今日の産経

沖縄県知事選自民党の小泉進次郎筆頭副幹事長は27日、沖縄県知事選の与党系候補を応援するため、那覇市内で街頭演説した。演説中、発言の誤りを陣営関係者に指摘されると、学校法人「森友問題」「加計学園」問題で官僚による首相らへの忖度(そんたく)が指摘されたことを念頭に「周りがイエスマンじゃない。『あなた違いますよ』と訂正してくれる人たちがいる。いいですね」と語り、聴衆の笑いを誘った。
 演説で、以前に訪れた沖縄の老舗食堂のある自治体名を間違えた。小泉氏は「気を使われて『ああ、小泉さんには間違っているって言えないな』って思われたら終わりなんです」と述べた。
 演説会場には野党系候補の名前が書かれたのぼりや「基地建設を許さない」との横断幕を持った人たちが陣取った。小泉氏は「とうとう相手候補(の支援者)まで応援に来てくれました。最後まで頑張りましょうね」と笑顔で手を振り、聴衆から大きな拍手がわいた。小泉氏の沖縄入りは今月に入り3回目。

産経に限らず、どこも良いところしか書かないし良いようにしか書かない…

小泉進次郎氏は、投票直前まで沈黙し土壇場で石破支持を表明、総裁選が始まった当初からキリギリまで、どちらを支持するかを明確にしなかった小泉進次郎氏の「自民党は違う意見を押さえつけるのではなく、違う声を強みに変えていく党でなければいけない」には説得力がない。このような人物が将来の総理候補といわれていることに不安を感じるのは私だけでしょうか?


正論8緊急特大号で、足立康史氏が「進次郎」氏について語られていることをメディアの対応を見るたびに思い出します。

足立氏は新潟県知事線のときに、与党候補の応援のため新潟に入ってくれという自民党の要請を断ったことについて次ように語った。

進次郎さんの一番ダメなところは勝負に出てこないことです。

例えばマスコミに登場するのは、自分が取り組んでいる政策をアピールしたい時ばかり。

政治生命が傷つくことを恐れているのか、安全保障政策や外交政策が問われるような取材はほとんど受けていないし、論破される可能性があるテレビの討論番組にもまず出てきません。

周りも「進次郎つぶしたらあかん」と守り、進次郎人気にあやかりたいマスコミも彼を必要以上に甘やかしています。しかし、一国のリーダーに育つためには数々の修羅場を経験しなければなりません。

安倍首相は第一次政権で辛酸を舐めたからこそ今の強さを手に入れることができました。

素足で険しい峠を踏破し、足を血だらけにした者だけが、トランプ、プーチン、習近平、金正恩らと堂々と渡り合っていけるわけです。

労せず選挙区を譲り受けるなど他の一般的な候補者よりも恵まれている世襲議員の最低限の義務は、先代を乗り越えることです。

安倍首相はそれを果たしつつありますが、進次郎さんの場合、今のような甘やかされた状態が続く限りは夢のまた夢でしょう。

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小泉進次郎氏は、加計学園の獣医学部新設を巡って、今年6月10日に青森県三沢市で講演したときには「一つのことにおかしいといえなくなり、黙っていることに慣れてきたら終わりだ」と訴えています。

虎視眈々と総理の椅子を狙っている小泉進次郎氏の「黙っていることに慣れてきたら終わりだ」「違う声を強みに変えていく」という言葉は単なるパフォーマンスに過ぎず、本気でこの国のために何かをなそうとする覚悟は感じられない。

まだ皆さまの記憶に新しいと思いますが、19日、秋葉原の街頭演説会の麻生太郎氏の言葉は、とても重みがありましたね。
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安倍晋三候補の後を受けて、麻生太郎と福田康夫候補と2人で総裁選挙を争ったことがあります。麻生派は、たったの15人。15人よ。あとは全派閥福田候補だった。

その時に、私どもは何と言ったか、今でも覚えてますよ。間違いなく、俺についてくる人は必ず冷や飯を食いますと。冷や飯食うことを覚悟でついてくる人だけ、一緒にお願いします。そう申し上げて付いてきたもらった人が安倍晋三、中川昭一、菅義偉、甘利明。

そういった人たちに付いてきてもらって、われわれは間違いなく、その1年間、残り1年間全く無役で終わりました。いいじゃないですか「冷や飯は冷や飯なりにうまい食い方があります。焼き飯にしたってうまい、お茶漬けにしたってうまい。

冷や飯は冷や飯なりの食い方があるのだとそう申し上げて、明るく選挙をやらせてもらったと思っています。今、何となく冷やしておいて、いろいろな冷や飯を食わせるなとか何とかかんとか言っている人たちがいるみたいですけど、覚悟が足りないんだ覚悟が。

冷や飯食うぐらいの覚悟を持って戦って当たり前でしょうが。そういう覚悟のない人に、われわれは間違いなくこの日本という国のかじ取りを任せるわけにはいかない。そうではありませんか?



NHK BS1で法輪功が中国共産党から迫害されている問題を取り上げたドキュメンタリーが、9月19日(水)午前0時放送される。

反日NHKに良心が残っているのか?というより、私も知りませんでしたが、NHKの中には少数派ですがマトモな人たちがいて闘っているようです。

中共政府からもっとも激しい弾圧を受けている法輪功は、かつて法輪功学習者1万人が天安門広場に集結し、中央政府に対し不当な弾圧をやめるよう平和的な抗議行動を起こした。

時の首相朱容基は、法輪功学習者の訴えに理解を示し、今後の法輪功の活動も認める方針でしたが、共産党員を上回る7千万人に広まっていた法輪功に脅威と嫉妬を感じた江沢民は、1万人の抗議行動に激怒し、法輪功を徹底的に弾圧する命令を下した。

そして、今も弾圧は続き以下の記事にあるような惨殺後の遺体を売買し見せ物にした。

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詳しくは、リンクを貼りましたので過去記事を参照ください。

「人体の不思議展」どこでそんなに多くの『新鮮な』人体を手に入れることができたのか?


中国で思想犯などを収容する施設の過酷な実態を、収容者が暴露・・・
きっかけは、強制作業で出荷するギフト製品に隠した手紙が、アメリカの主婦の手元に届いたことだった! 孫毅は、法輪功のメンバーとして逮捕され、馬三家の収容所に送られた。孫が隠し入れた手紙は、娘にハロウィンのプレゼントを買ったジュリーが見つけ、世界を駆けるニュースとなる。出所後、孫は人権侵害を告発するために番組制作に着手。拷問や強制労働の実態を精密なアニメ画に描き、妻や家族が当局の圧力に苦しむ日々を記録する。国外に脱出した孫はジュリーと感動の出会いを果たすが・・・絵筆を手に中国政府と戦った男の物語。

原題 Letter from Masanjia
制作 FLYING CLOUD PRODUCTIONS(カナダ 2018年)
初回放送 2018年9月19日(水)午前0時00分~
再放送 2018年9月26日(水)午後5時00分~

http://www6.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/?pid=180919




愛国女性のつどい花時計」のメールをご紹介させていただきます。

花時計会員の皆様

北海道大地震は予想以上の被害を出しました。

ネットの情報による
と、現地で頑張っている自衛官は疲労困憊しているようです。

住民
のために炊き出しをしながら自衛官自身は冷たい缶詰を車の中で隠れるように食べているそうです。

体育館の中で雑魚寝している映像
もネットに出回っています。

いくら若くて屈強な自衛官でも、こん
な状態が続けば健康を害してしまいます。

自衛隊を敵視するマスコ
ミの目を気にするあまり、大切な自衛官を酷使する防衛省の幹部に抗議しましょう。

以下のURLから入って意見を短く伝えて下さい。

住所や氏名、電
話番号などは記入する必要はありません。

もし以下のURLから入
れない場合は「防衛省」か「電子政府」で検索してみて下さい。

宜しくお願い致します!

https://sec.mod.go.jp/mod/goikenshinsei/goikenbako/index.html


以上が「愛国女性のつどい花時計」からのメールです。

ダウンロードダウンロード (1)


ツイッターなどで拡散されつつありますが、被災地では、被災者に温かい食事やお風呂を提供しても、自衛隊は、床に雑魚寝をし、自分達は冷たい缶詰などを立って食べています。

自衛隊は、被災者用に緊急につくった銭湯にも滅多には入らず、自衛隊が被災者のために緊急でつくった銭湯は地域住民が優先で自衛隊員は基本的に使用しないのだそうです。

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どんなに疲れていても、どれほど危険な任務でも、いつも最前線に立っている自衛官の「待遇改善」を政府にお願いしたい。

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防衛予算も少なすぎます。

2018.8.22の産経NEWSには「防衛予算5兆2986億円 過去最大に 来年度概算要求 7年連続増」というタイトルで、以下の記事がアップされました。

防衛省は今月末に決める平成31年度予算の概算要求について、過去最大となる5兆2986億円を計上する方向で最終調整に入った。7年連続の要求増で、30年度当初予算から約1千億円の増額となる。北朝鮮による弾道ミサイルの脅威をにらんだ陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」や、最新鋭ステルス戦闘機F35Aなどを購入する。複数の関係者が21日、明らかにした。

 米軍再編経費などを含めた30年度の当初予算は5兆1911億円で、第2次安倍晋三政権の発足以降、6年連続で増加している。北朝鮮の核・ミサイルや中国による海洋進出に対応するため、政府はさらなる増額が必要と判断した。

 イージス・アショアに関しては最新鋭レーダーなど2千億円超を盛り込む。米朝首脳会談の実現で朝鮮半島情勢の緊張は緩和しているが、政府は「北朝鮮の脅威は変わっていない」(高官)として導入を進める。

 中国軍を念頭においた南西諸島防衛のため、航空自衛隊のF35Aや海上自衛隊の護衛艦、潜水艦の取得費も計上する。敵の射程圏外から発射でき、敵基地攻撃能力にも転用可能な「スタンドオフ・ミサイル」も導入する。自民党が政府に提言した海自の「いずも」型ヘリコプター搭載護衛艦の空母改修は見送る。

 防衛費は過去最大の要求となったが、高額な装備費を複数年度に分けて支払う「後年度負担」が全体の約4割を占め、「総額は増えたが十分な防衛予算とはいえない」との指摘もある。

https://www.sankei.com/politics/news/180822/plt1808220001-n1.html


産経の記事からも分かるように、わが国の防衛費は5兆円ほどでGDPの1%。


そして、高額な装備費を複数年度に分けて支払う「後年度負担」が全体の約4割も占めています。

これでは、自衛官に十分な待遇を与えることは困難です。


自衛官には、その任務の重さに相応する待遇と名誉を与えてほしい。

自衛隊を敵視するマスゴミに屈する防衛省の幹部抗議文を送ってください。






ちょっと短いですが大事なことなので取り急ぎ要件だけ。

また、左翼です…日本を大切にする政治家は必ずといっていい、マスゴミ、反日、パヨクに叩かれる。

警察だけに任せておくことはできません!私たちが守らなくては!

来たる5月28日、中野駅北口広場で「中野区長選挙公開討論会」が開催されます。 この行事に、反日左翼組織が動員をかけ、私に誹謗中傷を浴びせようと策略しているとの情報。 冷静な議論なら良いのですが、そうではない様です。警察には警備を要請しましたが、常識的な皆様のご参加をお待ちしています。


ほとんどの人は仕事や家庭があり自由に使える時間は限られているかと思います。

母親が家のことは何でもやってくれて「自分の好きなように時間を使える」ことが出来るのは、せいぜい10〜20代前半まででしょう。

皆それぞれ「使える時間」も「出来ること」も違いますが、ご自身の使える時間、出来ることをして、吉田康一郎氏を応援してください。

5月28日(月曜日)中野北口広場へ行ける方は応援お願いします。

また、当日、中野北口広場へ行けない方はツィッターやブログで援護願います!

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単なる目立ちたがりや自己顕示欲から愛国を名乗る方、愛国ごっこの方も目につきますが、愛国者は「愛国を名乗らない」ものだと思います。

愛国を行動で示してこそ真の愛国者です。

ツィッターで見かけますが「○○先生の○○会に参加しましたぁ〜!」「ボランティアしましたぁ〜!」と自分の写真をアップしまくる方はナルシストかファッション保守だなと観ています。

国を愛し守るというのは、その国に住む者の「デフォルト」でなくてはなりません。

そして、この国を動かそうとしている人を反日やマスゴミに叩かれる人をサポートしていくことが、この国を愛するという行為ではないかと思います。

愛国が心の中心にある人は反日やマスゴミ、左翼のヤリクチをよく知っているはずです。

無所属で出馬する吉田康一郎氏の戦いは決して楽なものではありません。

都議選ではメディアに乗せられ小池旋風とやらに巻き込れた方たちは、パフォーマンスと宣伝に踊らされたことを思い出し「賢明な判断」をしてください。

ひとりでも多くの方が吉田康一郎氏と共に、この国の未来を考えこの国を残していく力になって欲しいと願います。

この国を転覆させたい輩と権力にまみれた汚い連中が、愛国者を葬るために、嘘、捏造、暴力、脅しを繰り返し、その手を緩めることはない。

だから、我々は一丸となって戦わなくてはならないのです。





はじめまして。

心の風景blog管理人です。

今日は岡本太郎さんの言葉を、読者の皆様へご紹介したいと思います。



意志を強くする方法なんてありはしない。


そんな余計なことは考えるな。


君はほんとうは激しく生きたいんだよ。


だから”死”が目の前に迫ってくる。


それはとても正常なことだ。 


自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。


なければなおいい、今まで世の中で能力とか才能なんて思われていたものを超えた、決意の凄みを見せてやるというつもりで、やればいいんだよ。


むしろ、能力がないほうが素晴らしいんだと平気で闘えば、逆に能力がひらいてくる。


ぼくは、特別力が強いわけでもない、金をそんなに持っているわけでもない。


頭脳だってそれほど優秀じゃないかもしれない。


つまり、さまざまのマイナスの面を背負っている。


でも、マイナスの面が大きければ大きいほど、逆にそれと反対の最高にふくれあがったものを自分に感じるわけだ。


弱い、なら、弱いままのありのままで進めばいいじゃないか。 


他人が笑うまいが自分で自分の歌を歌えばいいんだよ。


歌に限らず他人の判断ばかりを気にしていては本当の人間としての責任がもてない。


もし自分がヘマだったら、”ああ、おれはヘマだなあ”と思えばいいじゃないか。  


よく”一流好み”の人がいるが、それはつまりただ世間の、他人の評価をウノミにしてありがたがっていることだろう。


誰がなんといおうと、三流だろうが、五流だろうが、自分のいいと思うものはいい、という態度を貫かなければ”ほんもの”なんかわかりゃしないよ。


一流だから知りたい、好きになりたいなんていう、さもしい根性を持たずに、自分の本当に感動する人間を探し、つかまえるんだね。


その発見のポイントに世の中全体にその価値を認めさせるように、きみ自身、力を尽くせばいい。そうすると世界が変わってくるよ。


自分自身を責めることで慰め、ごまかしている人が、意外に多いんだよ。

そういうのは甘えだ。


惨めな根性だと思うね。


何かすごい決定的なことをやらなきゃ、なんて思わないで、そんなに力まずに、チッポケなことでもいいから、心の動く方向にまっすぐに行くのだ。失敗してもいいから。


1度失敗したなら、よしもう1度失敗してやるぞ、というぐらいの意気込みでやることが大切なんだ。


うじうじと考える必要はない。


すべてのマイナスをプラスの面でつらぬけば、マイナスだと思っているものがプラスになって転換してくる。 


ほんとうの調和というのは、お互いに意見をぶっつけ、フェアにぶつかりあうこと。


誰もが、あえて出る釘になる決意をしなければ、時代はひらかれない。




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