心の風景(縁)

今年、8月、高須院長がツィートした特攻が美しいという内容を誤解した方から否定的な意見をよせていたのを見ました。


毎年、終戦記念日が近くなると、テレビや新聞などでも取り上げられますが、マスゴミの場合、大半は「日本が悪い」と悪者にし、国のために命をかけた人々を貶める報道が繰り返されることに憤りを禁じ得ません。



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特攻に対して、悪い感情を持ち、一方的に批判する方というのは、その時代背景や歴史に関して余りにも無知であると言わざるを得ません。


歴史の図書や、歴史を詳しく綴っているブログなどを読んだ方であれば、あの頃の日本に「他の選択肢はなかった」ことをご存知であるはずです。


死にたかったのではなく、
当時の日本の若者は、自らの命を賭してでも、日本や愛する家族を守ろうとした。


国を守るということは、愛する家族を守るということであり、それは、決して、犬死などではありません。




高須院長は、特攻を「美化」したのではなく、日本のために命をかけた若者の、その英霊に敬意を表し、その「精神」を美しいとツィートしたのです。


私が、ブログランキングの哲学・思想カテにエントリーしていたころ、「愛」やら「平和」やら「調和」やら「地球を守る」やら「宇宙や神」を騙るブログを観て、バカ丸出しだなと思ってました。


そういう連中に引っかかるのは、
物事の表面しか見ていない。


愛や人権を「声高」に主張する連中には、利己主義者が多い。


人権ガー!と叫ぶオカシナ連中を見ていれば「愛」や「人権」という言葉を利用しているだけだということが分かると思いますが、言葉に引っかかる連中には、それが分からない。


愛、平和、人権、正義、という言葉は… そういう口先だけの連中がよく使う手であり、都合の悪い現実を捨象し、自分を正当化する便利な言葉ですから。


72年前の8月14日、日本は、ポツダム宣言を受諾しました。


その数日前には、広島、長崎に原爆が落とされ、多くの市民が炎と爆風によって命を落としました。


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日本は当時、敗戦交渉のテーブルにつく道を模索していたし、それを、アメリカが知らない訳はなかったと思います。


原爆投下の理由は、ひとつは、今後脅威となる共産主義勢力に見せつけるためで、もうひとつは、広島はウラン型、長崎はプルトニウム型という二種類の原子爆弾を落としたことから推測できるように、その効果を国内外に見せるためであり、実践データを必要としたからです。


もし、日本が、当時、報復手段を持っていたら核兵器を使用されることはなかったはずです。


日本は、敗戦国であるがゆえに、日本が悪者にされ、軍隊は悪だと刷り込まれ、国のために戦った人々を戦犯にされてしまった。


平和主義者が主張しているのは、無責任な発言であり、国民を危険にさらしている。


過去記事にも書いてきましたが、シナは急速に軍備を拡大し、日本の領土、領海に触手を伸ばしています。


そして、北朝鮮は、威嚇のためにミサイルを撃ち続け、日本の海域に着弾している。

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もやは、悠長なことをいっている場合ではないのです。

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もう一度いいます、なぜ、日本に原子爆弾が落とされたのか?


それは、日本が報復手段を持っていなかったからといえます。


何もせずに、大人しくしていれば、シナ・朝鮮(ロシアも)は、必ず奪いにくる。


そうなってからでは遅いんです。


今、日本の安全保障環境は「危機的状況」にあります。


だからこそ、9条改正は「日本の安全保障」のために必要だといえます。


 


結果が伴わないときほど、「動機」を自身に問う必要があると思います。

自身の「目的」を見失うことのないよう明らかにしておくことです。

「結果」を出せなかったときに、その人の粘り強さや忍耐力が分かります。

とかく人間というのは、自分が費やした時間、かけた労力に対する報酬を求めたがるものです。

こんなにやった、こんなにも頑張ったのにと嘆いたり、不満や愚痴を吐く方がいますが、それはオカシナ話です。

こんなにやったから、こんなに頑張ったから、だから何です?

やれば必ず結果がついてくるなら、この世の中、誰もがそうします。

人気ブログランキングの哲学思想カテにエントリーしていたころ、「こうすれば幸せになれる!」とか「本気で願えば、願いは叶う!」という妙なブログをいくつか見かけました。

こういう逝かれた方ほど、エネルギーだとか宇宙だと騙りたがる。

脳内に悪い何かがわいているか知りませんが、行動したからといって必ず答えが出る訳ではないのが、この世です。

だから、我武者羅に走り続けるのではなく、やり方がマズければ、根本から修正する必要も出てきます。

こんなにやったとか、こんなに頑張ったというのは、関係ないんです。

だからこそ、明確な「目的」と強い「動機」が大切です。

自分は、何をどうしたいか?

自分は、何をどうするのか?

とどのつまりそれだけです。

認めてもらうという、人の目に映る自分を思い描くというのは「強烈な動機」にはなりません。

「見てくれない」

「分かってくれない」

「認めてくれない」

相手のあることに結果を求めても思うようにはならない。

継続していくというのは簡単なことではありません。

だから、主眼を何処に置くかは「重要」です。

厳しい状況にあるときは、温かい言葉や優しく包んでくれる誰かが必要なときもあると思います。

そういう人の優しさに触れることも大切です。

しかし、甘え癖をつけると「依存」するようになるし、何かあったとき、いつもソコに頼るようになるものです。

楽な方へ流されやすい方というのは、 今までの生き方が大きく影響しています。

過去に脳の仕組みについて少し書きましたが、脳は、消費を嫌うので、変わりたがらないし、楽な方を選ぼうとします。

だから、同じことを繰り返している方が変われないのは、それが習慣化しているといえます。

そういう理屈を知っておくと、立ち止まって自分の心と向き合うチャンスだと分かるでしょう。

結果というのは、いつも後からしか分かりません。

人類の進歩発展に貢献してきた方は、自分の描く理想を見失わず、己の信念を貫いただけです。

特に、名を残しているような方は、命がけで事に当たっています。

結果ばかりに意識がいくと、自己評価がオカシナことになります。

努力というのは、結果が出るからやるものではないはずです。

結果を出すまで諦めない。

それが、努力するということだと思います。

上手くいかないとき、結果を出せないときどうするか?

投げ出すのか?

やり直すのか?

あなたが、あなた自身に問うことです。






世の中に興味がある方は「目が外に向いている」と分かりますから、あまり必要性を感じませんが、今日は心理について書きます。


目が外に向いているというのは、かなり大事なことだったりします。


内向きな方というのは、たいてい「自分」しか見ていないものです。


だから、世間が狭いし、視野も狭い。


そして、被害者意識も強い。


そして、こういう方は、損得勘定で行動する。


それが、かえって悪い循環を作り出していることを、この手の連中には理解できない。


自分にとって、損か得か?


という考え方ばかりしていると、相手に対して、損か得かで判断する「癖」がついてしまうんですね。


こういう方たちは、周りにいい人が集まらない。


これ(類は友を呼ぶ)なんですけどね。


民進党なんか見てると、よく分かると思います。


メリットがあるときだけ利用し、調子のいいときだけ集まる。


そのくせ、都合が悪くなればサッサと逃げ出す。


都民ファーストの会なんかもそうですね。


相手を、人として見ていない。


自分にとって、
損か得かということしか見ない。


だから、相手が、誠実な人なのか?不誠実な人間か?は見れない。


相手が、メリットがある得な対象だという目で見ているからです。


有名だとか、社長だとか、お金持ちだとか、その人ではなく、その人の持っているモノを見ている。


だから、相手が「思いやり」から行動している人なのか?  


単に人気集めだったり、ビジネスの「カモ」を狙った自分のためのパフォーマンスか? を見ていないし、見ることができない。


そういうところに「興味」や「関心」を持たない。


相手が、どういう「人物か」には関心がないということですね。


だから、相手の言動に対しても、自分に被害が及ばなければ関係ないわけです。


こういう方は、実は、狡猾な人間のカモになりやすい。


素直な人が騙されるという方がいるようですが、 現実的な話をすれば、素直というより「モノを考えないタイプ」が騙されるわけです。


マスゴミに踊らされているテレビや新聞しか知らない老人や「ひるおび!」など、ワイドショーしか見ない主婦は、情報を操作する側にとって格好のターゲットです。

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昨今、話題のネットで個人情報を抜き取られる詐欺被害の増加も、会ったこともない連中を疑いもせず「宅配の転送」などという妙なビジネスに引っかかってのことです。

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この詐欺のターゲットは「自宅で簡単にできるバイト」を探している主婦で、相手先を調べもせず、口車に乗せられて自身の個人情報(免許書など)をネットで流してしまう。


詐欺師は、およそ詐欺師に見えないし、狡猾であるほど巧みに自分を装えるものです。


簡単!楽に稼げる!というのは、まず疑ってかかることです。


詐欺師からすれば、自分を見抜けない相手は扱いやすい。


そして、騙されているとも分からないまま、望ましくないことが起きたときも、これは「良くなる(得する)ため」の 好転反応(一時的損失)」という言葉で丸め込まれる。


そうやって、深みにハマッて、いっそう悪い方向に進んでいくパターンは少なくない。


カルト・宗教、スピリチュアル・引寄せなどにハマル連中なんか見てると、よく分かると思います。


ニンジンをぶらさげて釣るっていうのは、 詐欺の常套手段です。


結婚詐欺、投資詐欺、霊感商法詐欺、この手の詐欺に引っかかるのは、たいてい自分でモノを考えない依存症や、目先の「欲」に気持ちを持っていかれるタイプですから、当てはまる方は要注意です。



みずから悪をなすならば、
 
みずから汚れ、
 
みずから悪をなさないならば、
 
みずから浄まる。
 
浄いのも浄くないのも、
 
各自のことがらである。
 
人は他人を浄めることができない。

ブッダの真理のことば・感興のことば
(岩波文庫)  中村元 訳 

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ある方の『5年ツイッターを続けてきて思ったこと』というツイートを読みました。


そこには、『フォロアーは共感してフォローする訳でもない』ことや『みんな、結構悩んでいる』と分かったとありました。


人間は、いくつになっても「悩み」があるのだろうと思います。


中でも、もっとも難しいのが、人間関係だろうと思います。


押し付けられた価値観にとらわれて悩みを抱えてはいる方は少なくありません。


それで、脳科学や心理学の話を交えてブログを書いてきました。


今、ブログのメンテ中で、一旦見えなくなっている記事がありますが、修正しつつアップしていきますね。


迷いや悩みは、認知科学的にいうと脳が生み出した実態のないものだと、世界的認知科学者で、コーチング理論の第一人者である苫米地英人氏はいいます。
 

哲学思想カテゴリの潜在意識やスピリチュアルを騙る妄想癖のある連中のブログは、脳科学と心理学で説明できる極めて浅い内容ですが、金儲けが「根っこ」にある連中に引っかかるのは、同じ穴の貉だからです。


最近、哲学思想カテで、私の記事(ある方の記事は私と比較にならないほど)を盗用していた方が、その方が否定し続けてきた『心のビジネス』を始めました。


何の資格もない何も学んでこなかった、この方の人生経験を活かしたアドバイスは、スカイプセッション2万円らしいです。


この方「金儲けの亡者」と
が否定してきた連中を心底嫌いだと豪語していたのですが、『この方、危ないなあ』と以前から観ていました。


なので、案の定、始めてしまったなという感じです。(苦笑)


この方、元々、人生のドン底とやらに落ちてスピリチュアルにハマり、騙されたと分かって恨んでいる感じでした。


人気ランキングにエントリーしていた理由も『スピリチュアルを語る連中へ嫌がらせをする』ためだったそうですから、根っこはネガティブなんですよね。


そのころの自分を「負け組」とかって語ってましたが、それこそが世間の価値観なんですけどね。


だから、拙ブログでは「自分の価値観を大事にしろ」ということを、心理や脳の働きについて織り交ぜつつ哲学的なことをお伝えしています。


私は『悩みは、あっていい』と思います。


生きているからこそ『悩める』のですから。


日本では、いいえ、今、世界中で、ここ数年、地震や豪雨による自然災害が頻繁に起きていますよね。


そして、昨日まであったもの、当たり前のように暮らしてきた日々が失われていく現実があります。


生を受けたものは、必ず死を迎え『死は全ての生き物に平等』に訪れるんですね。


この世を生きる者は、ある意味『一瞬一瞬だけが確かな時間』なのですね。


だからこそ『今をどう生きるか』は、とても大事だと思います。


『明日がないかのように生きてみたら、悩んでいる暇などきっとない』と思いますよ。
 

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終戦の日、NHKは、ネガティブな面だけを切り取ったインパール作戦を放送した。

ニュースなどでも、戦争はいけない!戦争は悲惨!という、なぜ戦争になったのか?という『根本を無視』した放送を流した。

なぜ、戦争に向かわれなければならなかったか?

なぜ、人の肉を食べねばならなかったか?

その根本については、一切語らず「ネガティブ」な箇所だけをクローズアップし、相変わらずきたないヤリクチで印象操作をするNHKは、心底、日本を貶めたいのだなと再確認しました。

インパール作戦については、ネガティブな要因が多いですが、また改めて書きたいと思います。

前置きが少し長くなりましたが、ここからは、先月の靖国の御霊祭りの際に書いた記事を再掲したいと思います。

今日の「タイトル」は、昨年、終戦の日に、産経さんがアップした先人への礼欠かぬ和解を 「譲れぬ価値」再確認する時だに書かれていた言葉です。

昨日「靖国神社のみたままつりに参拝。 遊就館で英霊の皆様の、日本国の未来を願い、大空・大海に散っていった思いのこもった言葉の数々を拝見し、この日本を支那・朝鮮をはじめとする反日勢力から守らねばならないとの気持ちを新たにしました。 」というツィートを読みました。

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戦後、焼け野原から「復興を果たした日本人」は、前を向く勇気と、助け合いの心で未来を切り開き、今日を迎えました。

しかし、日本人の「あり方」は、平和によって変わりつつあります。

私たちが迎えた「平和な日本」は、ある日、突然、訪れた訳ではありません。

この国の平和は、戦後の人々の強く逞しい精神と、おおらかで朗らかな先人たちによって築かれてきたものです。

先人たちが築いてきた日本を、私たちの代で終わらせることがあってはいけません。

在日や工作員による反日活動は止むことなく、政界、芸能界、放送業界に蔓延り、偏向報道、印象操作を垂れ流し続けています。

そういう印象操作に踊らされる情弱な連中が、「憲法9条によって日本は守られてきた」とか「許し合う心こそ世界を平和にする」などとSNSなどで発信している訳ですが、そういう寝言は、紛争地で語ってこそ意味があることです。

紛争地では、能天気に「平和を語る」前に命を落とします。

この手の「脳内お花畑」な連中は、SEALDsと同じなんでしょうね。

当時、SEALDsは「敵国が攻めてくるというのなら、とことん話して酒飲んで遊んで食い止めます」という迷言を吐き、その寝言を聞いて、「やってみろよ」と思ったのは、私だけではなかったと思います。

SEALDsの中心メンバーである奥田が、自分や家族に向けた殺害予告を受けて震え上がり、それまで散々毒づいていた警察に慌てて駆け込んだことは、よく知られていることです。

戦禍に巻き込まれれば、寝言をいってる暇はありません。

家に鍵を掛けずに過ごせば、間違いなく空き巣か強盗が入ります。

「戦争反対」や「平和」を叫ぶ、言葉だけの連中は、物事の本質を無視した幻想を夢見ているか、そうでないならシナかロシアか北南朝鮮の工作員です。

世の中は、綺麗事などでは済まされない。

日本は、2つの原子爆弾を投下され、広島市の人口35万人(推定)のうち9万~16万6千人が被爆から2~4ヶ月以内に死亡し、長崎市の人口24万人(推定)のうち約7万4千人が死没、建物は約36%が全焼、または、全半壊しました。

広島、長崎だけなく、都市部や軍需工場があった町は、全て焼け野原になりました。

戦後も、国内では形容し難い朝鮮人や台湾人による悪辣な行為が横行し、日本人は、人としての尊厳も、命の尊厳もない「非人道的暴行」と「陵辱」を受けた。

それでも、日本人は、前を向いて諦めず、戦後の日本を復興させていきました。

今ある「現実」は、そのような先人たちの意識が作り、努力の結果として「実現」したのです。

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先人たちが築いた日本。

日本を守るために「命」をかけた人々。

その尊い命をささげた軍人・軍属と民間人計310万人に頭(こうべ)を垂れる際、「日本の未来を任せてください」と胸を張っていえる、日本人でありたいと思います。






 

刀伊の入寇と竹島


藤原理忠の墓
藤原理忠の墓

平安時代のことです。

突然、壱岐に、50余隻の船がやってきます。
ひとつの船はだいたい15Mくらい。
その船に約60人ずつ分乗し、島に上陸します。

寛仁3(1019)年)3月27日のことです。

上陸した彼らは、百人くらいで一隊をつくり、
戦闘の20~30人が斬り込み隊、後ろ
の70~80人が弓や盾を持っています。
彼らの持っていた矢は、長さ4~50cmと短い
もので、楯も射通すほどの貫通力があった。

彼らは、上陸と同時に民家に襲いかかる。
そして牛馬を盗み、切り殺して食い、
老人や子供たち、抵抗する男を殺し、女を犯し、
生き残った者たちを船に拉致した。

記録によれば、彼らは「牛馬を切っては食い、
また犬を屠殺してむさぼり食らう」とされ、
また「人を食う」との証言もあります。

船上では、拉致された者たちの中から、病人や
児童は簀巻きにして海に投げ入れて殺した。
略奪後の民家はすべて焼き払い、穀物も奪った。

暴徒上陸の知らせを受けた国司・壱岐守藤原理忠
(ふじわらのまさただ)は、ただちに
147人の手勢を率いて征伐に向かいます。

しかし敵は3000人の大部隊です。
衆寡敵せず、玉砕してしまう。

理忠を打ち破った賊徒は、次に壱岐の真ん中にある、
国分寺(嶋分寺)まで攻め込みます。
寺は、常覚和尚(じょうかくおしょう)の指揮の元、
僧侶と地元住民で応戦します。
そして賊徒を三回まで撃退した。

しかし賊徒の猛攻をあきらめない。
常覚は、ひとり島を脱出し、事の次第を大宰府に
報告に向かいます。

残された僧侶たちは必死に戦った。
そして最後には全滅し、
嶋分寺は全焼させられてしまう。

そして、女子239人、男子若干名が捕虜として
連れ去られてしまいます。
壱岐島で生き残った者は、わずか35人だけだった。

4月7日、対馬からも大宰府に対馬の危急を
知らせが届きます。

対馬守遠晴の報告は以下のとおりです。

~~~~~~~~~~
対馬に刀伊国の者が五十隻あまりの船でやってきた。
彼らはて殺人・放火をはじめた。
彼らは隼のように迅速で、数が多く、
とても対抗できない。

壱岐は壱岐守理忠が殺害され、
ほとんど全滅状態した。

彼らは博多警固所と目と鼻のさきの
能古島まできています。
~~~~~~~~~~

知らせを受けた大宰権帥の藤原隆家は、
すぐに京都に緊急事態を伝える飛駅便を
飛ばすとともに、応戦のために九州の
豪族や武士非常招集をかけます。

しかし翌8日には、族が筑前・怡土郡
(福岡県西部)に上陸する。

彼らは山野を制圧し、牛馬や犬を殺して食い、
老人や子供を皆殺しにしたうえ、
おびえる男女を追いかけて、4~500名を
捕らえて船にのせてしまいます。
また、かず知れない米穀類が略奪された。

この時点で戦力の不足した藤原隆家は、
少数の精鋭を率いて、個別撃破を狙い、
敵の不意をつく戦法で応戦します。

大宰府の正規軍の前に、賊は崩れる。
賊たちは、この日の夕方には海に逃れ、
能古島に去ります。

翌9日の朝、刀伊は、藤原隆家軍の本拠である
大宰府警固所を焼こうと来襲します。

しかし武装を整えた正規兵を前に、
逆に刀伊の側が追い詰められ、生き残った者は、
再び能古島に帰還した。

そして神風が吹きます。

10日、波風が強くなり、船が足止めとなった。
族たちは身動きできない。

この隙に、隆家は、軍勢を揃えます。

11日午前6時頃、族が、再び大宰府に
上陸してきます。
隆家は、上陸した賊を皆殺しにし、
敵の生き残り二人を逮捕します。
一人は傷つき一人は女です。

13日、賊徒は肥前国松浦郡に至り、
村里に攻めてきます。
ここでは、前肥前介・源知という武将が待ち構え、
族を殲滅します。
敵の生存者一人を逮捕。

ついに賊は、恐れをなして、半島に帰国します。

帰国途中、高麗がこれを待ち伏せ、戦力の減った
残りの賊を全滅させ、日本人
捕虜270人を助けて、日本に送り返しています。

当初、日本側は何者が攻めてきたのか
分からなかった。

逮捕した三人の族は、三人とも高麗人です。

彼らは「高麗を襲った刀伊に捕らえられていたのだ」
と申し立てた。
それがほんとうかどうかは、わかりません。

古来、捕まると嘘八百並べるのは、
半島人の特徴です。

この事件で、被害は、記録されただけでも、
殺害された者365名、拉致された者
1289名、牛馬380匹、家屋45棟以上が
焼かれています。
とくに女子供の被害が目立っていた。

ちなみに、拉致された1289名のうち、
高麗によって保護され、帰国できたのは
270名です。残りの千余名は、
船上で殺されている。

犯人たちの族は、刀伊(とい)と呼ばれました。
彼らは、自分達で農耕をする習慣は持たず、
他国を襲い、人間を拉致して農業を
させていた集団であったといわれています。

刀伊は、女真族であるという説もあるけれど、
ボクはそれは違うと思う。
彼らの戦い方は、女真族のものではない。

むしろ、自分たちが圧倒的多数で武器を持つときは
、ありとあらゆる暴虐の限りを
尽くし、相手が武具を整えてすこしでも
強いとみるや、
そくさくと退散するというのは、
古来変わらぬ支那人・朝鮮人のあさましい姿です。

この時代の朝鮮半島は、
統一された王朝があったわけではなく、
たまたま高麗国が
大きな勢力を持っていたにすぎません。
むしろ、日本の戦国時代に似て、地方ごとに
群雄割拠に近い状態だった。

ただ、日本と異なるのは、日本には皇室があって、
地方を治める者たちはご皇室と皆、
縁続きであったこと。完全にどこの馬の骨とも
わからない者が武将となるのは、
ずっと後年、国内が乱れた戦国時代の斎藤道三と
木下藤吉郎くらいなものです。
あとは、家系図を見る限り、ほぼすべての武将が
ご皇室と縁者になっている。

一方、半島や大陸には、日本における皇室のような
存在はありません。
また四季のある日本と異なり、火を得るために
いったん山々の木を伐採すると、
とうぶん木が生育しなくなる半島では、
食うためには盗賊専門の集団が国を作って
勢を張るというのは、ごく普通に行われた。

そして相手が弱く、抵抗しないとみるや、
あらゆる理屈を無視して奪い、犯し、
暴虐をふるう。

そうした民族的傾向というのは、
近代になってもなんら変わりません。
戦後間もないころ、満洲や朝鮮から日本人の
多くが引き揚げてきたけれど、
なぜか満洲には日本人残留孤児がいるけれど、
朝鮮にはそれがいない。
全員が殺された。

いま、その朝鮮人が、日本の領土である
竹島を蹂躙しています。
竹島といえば、岩山が2つ連なっている小さな
無人島と思っている方が多いと
思うけれど、最近の竹島は違います。

島にはヘリポートが作られ、灯台や宿泊施設が建ち、
50人ほどの韓国海上警備兵が駐屯している。
事実上の武力制圧です。

韓国は、日本で民主党が政権をとったら、
とつぜんヘリポートの改修をはじめると
言いだしました。

日本はいつまでこういう傍若無人を許して
おくのでしょうか。

壱岐・対馬・筑前の一般民衆が殺され、略奪され、
拉致されたとき、日本は勇敢に
戦ってこれを防いだ。

彼らは、こちらが毅然として臨めば引っ込むのです。

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思考の柔軟性が乏しかったり観念に囚われやすいと、コントロールされやすい。


しかし、悲しいかな…コントロールされていても自分の意思で行動していると思ってたりします。


オカシナ組織・団体に引っかかる要因として、孤独に弱かったり、自分で考える習慣がなかったり、自己不在からくる「誰かのため」という理想論者であることが考えられます。


だから、オカシナ組織・団体に入ると「やりがい」や「生きがい」を感じてしまう。


カルトなんかが、もっとも分かりやすい例かなと思いますね。 


この手の組織・団体には、賞賛、特別扱い、今までにない強い仲間意識、一体感など決まったパターン(傾向)があり、心理学の「報酬と罰」効果を利用しています。


欲しがるばかりで自分に与えられているものは数えないという方は、この手の詐欺に引っかかる。


偏向報道に乗せられてしまう連中は、テレビや新聞だけしか知らない老人とは限らない訳です。


私の好きな哲学も、本来は(ギリシャ語でフイロソフイアの語源)知恵を愛するという意味で、人生、世界、物事の根源の在り方、原理を求めるものですが、哲学・思想カテで、そういうブログを書いている人は非常に少なく、流行に乗せられた「引寄せ」信仰者で溢れている。


マインドコントロールは、組織の教えに疑問を持たせず、不安や恐怖を煽って思想を刷り込み、相手の行動、思想、感情を操つろうと働きかけ、偏った情報を与えて特定の思想や価値観を持たせます。


詐欺の手口も「心理的」にターゲットを揺さぶることが「入口」です。


思い遣りや親切心、下心や寂しさに付け込むのが詐欺の常套手段です。


NHKなどの偏向報道も、こうしたヤリクチで「脳内お花畑」な連中を躍らせる。


自分で「考える」「調べる」という面倒なことを、一つ一つ潰していける人は、聞いたことを「鵜呑みにする」ことはないと思います。


情報には「憶測のみで検証なし」というモノも多く、意図的操作、偏向、釣り、詐欺、嘘、噂があります。


しかし、ネットには「情報の真偽や精度の検証を行う人」が必ず現れ内容が精査されていきます。


私は、その経過を見ながら、発信元が流す内容を自分で調べるようにしています。


そうすることで、発信者の意図を探ることができますし「誠実な人」か「パフォーマンスだけで中身のない人間」かも観えてきます。


個人的に信頼している情報
は、DAPPIさん(
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閉会中審査での民進党議員の質問内容は70%が日報問題や稲田元大臣批判で、北朝鮮の脅威については全体の20%でした。
その動きに合わせるようにTVはこれに追随してます。

民進党もマスコミも国民の生命がかかる問題よりも安倍政権批判を優先で正気の沙汰とは思えない。


ホント、異常事態です。
北朝鮮が、何発もミサイルを発射し威嚇を続ける中、シナが北海道の土地を買いあさり「中国32番目の省」としようと目論み、シナの公船は、先月、青森の日本領海にも侵入した。

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日本のテレビ局は、大方在日に乗っ取られ、マトモなニュースを流す気などサラサラない。


そして、政治家とは名ばかりの、民進党・共産党議員が、国民の生命にかかる重大な問題よりも安倍政権批判を優先し、税金を無駄に使い日本をシナ・朝鮮に差し出そうとしている。


日本がシナや朝鮮の手に渡るなことがあってはいけません。

そんなことになれば、火事場泥棒のようなロシアも必ず後からやってくる。


だから、次の選挙では、こうした反日議員を当選させないよう(いい加減、目覚めてほしい)脳内お花畑な連中に、SNSで拡散していきましょう!






再春館製薬が「ひるおび」のスポンサーを(今年5月ごろ)降りた。 

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倒閣のために捏造を繰り返す卑しい報道姿勢に、多くの心ある人たちは、スポンサーへ働きかけ、今もなお、働きかけています。

私は、こういう人たちが好きです。



こうした「行動」の一つ一つは、とても大事なことだと思っています。

以前、人気ランキングにエントリーしていましたが、
哲学・思想カテでは、「魂に刻まれた使命を果たそう」などというメンヘラなブログを目にしました。

こういうことを書く連中は、ほぼナルシストなんですけどね。


あの世に「徳を積め」やら、徳を積まないと「低い霊界」に行くやら、行動しない人間の寝言は、見ていて気分が悪いものですね。

徳を積んで「良い霊界へ行こう」と行動する者の根っこにあるのは「取引」です。

この世の「今」を生きる人は、あの世や来世のために生きるべきではない。

何気ない日常の中にも「自分にできること」というのはあるはずです。

過去の歴史も、今起きている社会情勢も「自分には関係ない」と思うのか?

率先して「関わっていく」のか?

得にならないからやらないのか?

自分に利益がなくてもやるのか?


自分の利益ばかり優先し、国益や社会情勢に、まったく興味がない人間は、日本の未来を考えたことはないでしょうし、物事を近視眼的にしか見られない。

日本という国がなくなれば、利益どころか「平和」「平等」「自由」さえなくなってしまうという認識がない。

これだから、お花畑は「B層」といわれる。

我が国を、内側から破壊しようとする左派メディアによる連日の偏向報道、内側へ入り込んで企業情報を盗用するスパイ活動、虎視眈々と日本を我が物にしようとするシナ。

これらについて、いつまでも他人ごとでいいのか?

魂に刻まれた使命とやらを探し回るより、現実的にやることがあるだろう?と、思います。


この身は泡沫のごとくであると知り、
かげろうのようにはかない本性のものであると、
さとったならば、

悪魔の花の矢を断ち切って、
死王に見られないところへ行くであろう。

うるわしく、あでやかに咲く花で、
しかも香りのあるものがあるように、

善く説かれたことばでも、
それを実行しない人には実りがない。

うるわしく、あでやかに咲く花で、
しかも香りのあるものがあるように、

善く説かれたことばも、
それを実行する人には実りがある。

うず高い花を集めて
多くの華鬘(はなかざり)をつくるように、

人として生まれまた死ぬべきであるならば、
多くの善いことをなせ。

ブッダ「真理のことば感興のことば」 

中村元 訳 岩波書店





道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。

万物は陰を負いて陽を抱き、沖気(ちゅうき)以(も)って和を為す。

人の悪(にく)む所は、唯(た)だ孤(こ)・寡(か)・不轂(ふこく)なるも、而(しか)も王公は以って称と為す。

故に物は或いはこれを損じて益し、或いはこれを益して損ず。

人の教うる所、我も亦(ま)たこれを教えん。

強梁(きょうりょう)なる者はその死を得ず。

吾れ将に以って教えの父と為さんとす。


(解釈)

「道」が一を生み出し、一が二つのものを生み出し、二つのものが三つのものを生み出し、三つのものが万物を生み出す。

万物は陰の気を背負い、陽の気を胸に抱いて、これらを媒介する沖気によって調和している。

人々は「孤(みなしご)」「寡(ひとりもの)」「不穀(ろくでなし)」などと呼ばれる事を嫌うが、諸国の王達はこれらを自称としてその高い身分を保っている。

つまり物事と言うのは損して得をし、得をして損をするという事もあるのだ。

人から聞いた良い事は私も人に教えよう「いたずらに強さを誇る者は、ろくな死に方をしない。」 私もまさにこれを肝に命じて教え
の根本にしようと思う。



老子が好きだというのは以前も書きましたが、難解なものが多く、雑感として書けそうにない章が幾つもあります。


道化第四十二では、万物は 全て自力のみで存在している訳ではなく、自力のみで存在しているのではないのだから、 自らの分を弁え尊大になるべきではないと説いています。


この世の全てのことは、ひとりでは成立せず、人や文化の進化の背景には、完成と衰退が繰り返されているように思います。


そして、自らを極め尽くせないと考える人は、 より高みへと、ご自身の歩みを進めていかれるでしょう。


そういう方の多くは、人間は、自分ひとりでは生きてはいけないと知っていると思います。


哲学・思想カテにエントリーしていたとき、「自分のことができないのに人の心配をするな」とか「まず自分を幸せにしなければ他人など幸せにできない」というブログを見ることが多々ありました。


しかし、人は、誰しも「自分」を取り囲む「他者」の存在と結びついて生きていますから、自分のことができないから人のことができないとか、自分が幸せじゃないから人を幸せにできないというのは、言い訳にしか聞こえません。


何を限界とするのか?は、ご自身が決められたらいいとして、自身に限界があるときには、他者の存在も重要ですが、それぞれが課題とすることには、個人的なモノ他者と協力して超えていくモノがあるように思います。


自分でできないこと、自分の限界というモノがあれば、 他者の協力を必要とすることも大事です。 
 

力の弱い者が、強い者を支えようとすることで成長し、強い者が学ぶこともあれば、 弱い者同士が支え合い互いを高めあうこともあるものです。


自分を成長させてくれる相手に「優劣」は関係ないと思います。


ブログやツイッターなどもそうですね。
 

私も、こうして書いていますが、皆様に支えられていると思っています。




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