心の風景

先月3月20日に村上春樹氏の長編小説がネット上で物議をかもしていたときアップした記事を加筆再掲します。
私は、鈴木史朗氏が書かれた「どんなに時間をかけても伝えたいこと」という記事を、今後もアップしていきたいと思います。

愛国者の方達には説明の必要がないほど鈴木氏の記事は知られていますが、皆様に改めてお読みいただき、より多くの方に事実を伝えていただけることを願います。

 
 鈴木史朗氏 【南京大虐殺は真実ではないと思う理由】

 〈もう一度南京へ〉
 TBSのバラエティ番組『からくりテレビ』の名物コーナーで、私が司会を務めていた「ご長寿早押しクイズ」。毎週数名のご長寿の方にご登場いただき、クイズに答えていただく人気コーナーでしたが、今から十一、二年前、南京戦に参加されていたという会津若松の方にお会いしたことがありました。

 撮影の合間に南京の話になり、私が「あそこは大変なことがあったから、もう南京には行けませんね」と声をかけると、その方が「いや、私は死ぬまでにもう一度南京へ行きたいんであります」とおっしゃった。私は驚いて、「どうしてですか」と聞いたところ、こんな話をして下さいました。

 「衛生兵として南京で日本兵を助けたが、怪我をした中国の敗残兵も助けた。軍のトラックで送ってやったら中国人の家族が非常に感謝して、家宝の掛け軸をくれたんです。さらに『戦争が終わったら、ぜひもう一度南京へ来てほしい。歓待したい。一日千秋(いちじつせんしゅう)の思いで待っている』とまで言われたんです。だから、私は死ぬまでにもう一度南京に行きたい」

 このことでハッと思い出したのは、私自身が幼いころ、南京戦直後に中国にわたり、天津で過ごした日々のことでした。それは、「大虐殺」があったなどとは到底考えられないほど、大変のどかな日々だったのです。

 この方にはその後、もう一度お会いする機会があったので、「南京大虐殺」の証拠写真とされている、松葉杖をついた片足の中国兵と、笑顔の日本兵が並んで移っている写真を持って行ったんです。キャプションには、「残虐な日本兵によって、逃げられないように片足を斬り落とされた中国兵」と書かれていました。

 ところが、この写真を見せたところ、南京戦に参加されたその方がとても喜んだんです。「この兵隊のことは良く覚えていますよ。アルマイトがなかったので、ヤカンをつぶして義足を作ってやったんです。いやー、よかった。この写真、いただいてもいいですか」

  他にも、実際に参戦された方々からさまざまなエピソードやをお話しいただきました。「たしかに、南京戦で相手の兵士を殺した。だが、それはあくまでも中国の兵士であって、日本兵も戦死しています」、「トーチカから撃ってくる兵士を仕留めて近づくと、機関銃手はまだあどけない顔の若者で、鎖でつながれていた。武士の情で彼らの墓を作ってやりました」。

 「南京戦後、中国人から『兵隊さんありがとう。あなたの靴を磨かせてください』と言われて、泥だらけだからと断ったのだが、どうしてもといわれたので磨いてもらった。気持ちが嬉しくて、飴玉をあげました」。

 そして、少しずつ勉強する時間が取れるようになり、勉強しはじめてみると、東中野修道氏や北村稔氏、また『WiLL』に連載されている西尾幹二氏ら「現代史研究会」の研究成果が自分の体験と重なって、歴史を学べば学ぶほど、また中国での日々を思い出せば思い出すほど、「大虐殺なんてあり得ない」という確信を得るにいたったのです。

 〈天津での日々〉

 私は、一九三八年(昭和十三)年二月十日に京都で生まれました。直後に、父が「大陸で一旗挙げたい」といって、それまで勤めていた有名な生命保険会社を辞めて単身、大陸へわたったのです。残された母は、私が一歳になるのを待って、一九三九年四月頃までには大陸へわたりました。南京戦が行われたのが一九三七年十二月のことですから、その一年半後には、もう私の母は女一人、子供を抱いて中国にわたっていたことになります。



 そして、天津の日本人租界での暮らしが始まりました。元々フランス人租界だったところを日本人租界にしたそのあたりは非常にのどかで、その様子が伺える当時の写真も数枚残っています。引き揚げの時に持ち出しを禁止されたので、写真はかぎられたものしか残っていませんが、一枚目(上)は天津市淡路街という日本人租界の民団住宅前で撮影したものです。私と二人の妹と、近所の中国人の子が一緒に写っています。中国人の子の母親が非常に良くしてくれて、妹たちにおそろいの中国服を作ってくれました。

 もう一枚(下)は天津市須磨街の自宅付近で撮ったもの。近所の中国人の楊車(輪タク)夫が楊車に私たちを乗せて遊ばせてくれている光景です。背景も写っていますが、近所の中国人もよく日本人租界へやってきて、「日本人街の水道はきちんと整備されているから」などといって、水道の水などをもらって帰っていました。

 「天明公社」という貿易と軍需関係の合弁会社を設立した父の事業もうまくいっていて、わが家は結構裕福な暮らしをしていました。父が行き倒れになった中国人夫婦を助けて、自宅のガレージの一角に部屋を作って住まわせていたこともありました。その夫婦は恩義に感じてくれたのか、三人の子供にそれぞれ「小一」「小二」「小三」と日本風の名前を付けていて、私と同じ歳だった「小二」とはよく遊んだ思い出があります。

 当時の天津は本当に安全で、私は子供の足で歩いて二十分ほどの幼稚園まで、毎日一人で通っていたほどでした。道すがらの中国人が私に対して何かを言ってきたり、身の危険を感じるうようなこともありませんでした。虐殺などが本当に起こっていたとすれば、日本人に対して何らかの罵声が浴びせられたり、少なくとも親から「一人で出歩いては危ない」などと言われたはずですが、そのようなことはありませんでした。

 それどころか、中国人に助けてもらったこともあります。家の近くを運河が流れていたのですが、土手でかけっこをして遊んでいて、川に落ちてしまった。溺れていたところを中国人の船頭さんが助けてくれて、自宅まで連れて帰ってくれたのです。川の水を飲んで赤痢(せきり)にはなってしまいましたが。

 たまに町で日本兵を見かけることもありましたが、中国人の友達も「カッコイイね。僕も将来はあんな兵隊さんになりたい」ということを言っていたくらいで、規律正しい日本兵の姿には、中国人も日本人も、ある種の敬意と畏(おそ)れを持っていたようです。天津には七年間住んでおり、子供ながらにシンガポール陥落など戦況についてよく話していましたが、「南京大虐殺」については一度も聞いたことがありませんでした。

 〈中国人女性にモテた父〉  

  父の会社の本社や事務所があった北京にも時々行きました。王府井(ワンフーチン)界隈の大通りに面したところに事務所がありましたが、当時の北京は賑やかで華やかで、やはり穏やかでした。太ももまでスリットの入ったチャイナ服の中国人の女性が自転車で走り去るのを見て、子供心に「すごいお姉さんだなあ」と思っていた記憶があります。

 父は、とにかく北京では中国人女性にモテてモテて、母はとても苦労していたようです。父は俳優の上原謙のような男前でしたし、明治の男ですから仕方がないとはいえ、恋愛結婚で一緒になって、大陸まで父を追いかけた母にとってはたまらなかったでしょう。

 ただ、もし本当に南京で日本人が民間人の大虐殺を行い、女性を強姦していたとしたら、中国人女性が日本人男性である父にそれほどまでにほれ込んだりはしなかったでしょうし、中国人同士の間でも「日本人なんかに熱を上げて」と非難されたはずです。しかし、そのようなことは全くなかったばかりか、父は中国人のためにも一所懸命働きましたので、老若男女問わず、中国人からは非常に尊敬されていたのです。

 〈南京ののどかな光景〉

 胡同(フートン)にある本社の隣には、北京の警察署がありました。父と署長は仲が良く、どこかへ一緒に列車で出かけたこともありました。署長さんはお金持ちだったからか、一号さんと二号さんを隣りに乗せていて、どちらもとても素敵な女性でしたが、口紅ばかり塗っていて子供の私には目もくれず、冷たくあしらっていました。「可愛がってくれないんだなあ」と思ったのを覚えています。

 しかし、そう感じたということは、逆に言えばそれ以外の中国人の大人たちは、日本人である子供の私を非常に可愛がってくれていたということでしょう。 三、四歳の頃には南京へも行っているんです。まだ記憶はおぼつかない頃ですが、親父に後から聞いた話は覚えています。

 「お前を南京に連れて行った時、泣かずに頑張った。南京のある中国人が、そんなお前の態度を見てとても気に入ってほめてくれたんだ。しかも、『耳の形がいい。こういう人物と付き合うと、自分の運気も上がるから、是非抱かせてくれ』といって抱き上げてくれたんだよ」

 また、父は南京で聞いた話をもとに、よくこんなことを言っていました。「聞いたところによると、日本の兵隊さんが食糧を分けてくれたので、南京の人々は助かったんだそうだ。お前もいい兵隊さんになるためには、強いだけではダメで、思いやりをもたなければいけないよ」

 この話は非常に印象的だったのですが、後のこの話に通じる事実があったことを知りました。あのジョン・ラーベも日本軍宛に「私どもは貴下の砲兵隊が安全地区を攻撃されなかったという美挙に対して、また同地区における中国民間人の援護に対する将来の計画につき、貴下と連絡をとり得るようになりましたことに対して感謝の意を表するものであります」との書簡を送っており、報告書でも、日本軍からの米と小麦の配給があったことに触れています。

 もし本当に大虐殺が起こっていたとしたら、いくら書簡の挨拶文とはいっても「感謝」など示すはずがありません。

〈命からがら引き揚げ〉

 歴史的根拠に関して言えば、二〇〇七年十二月に出版された『WiLL』増刊号「『南京大虐殺』に終止符!」で、映画『南京』が紹介されています。私もこの映画を見ましたが、あの映画ののどかな光景は、まさに私が天津で暮らしていた頃の記憶と重なるのです。とてもじゃないが、「虐殺があった」とは思えない光景が記録されています。

 増刊号でチャンネル桜の水島総氏も指摘されているとおり、この映画にはワイドショットが多用されているのですが、報道記者としての経験から言っても、ワイドショットでは不都合なものがあった場合、それが映りこんでしまうので、ドキュメンタリーを撮る場合には普通、あのような撮影はしません。「不都合なものなどない」から、安心してワイドショットで撮影していたのだと分かります。

 優しく、子供好きの日本兵、そして日本人と中国人が楽しそうに交流している様子。もし本当に虐殺があったなら、中国の人々も日本兵も、あのような自然な笑顔で交流することなどできなかったはずです。

 終戦を迎えると、さすがに中国人は現実的ですから、コロリと態度が変わりました。わが家に住んでいた中国人家族も、「引き揚げるなら財産を全て置いて行け」などと言いだしたほどです。こちらはせめてと思い、財産と引きかえに「持って帰ってはいけないといわれているので、写真を後から日本へ送ってほしい」と撮りためた写真を託したのですが結局、届きませんでした。送ってくれなかったのか、それとも没収されてしまったのかは分かりません。

 それどころか、父は貿易と軍需の会社をやっていた関係でスパイ容疑をかけられて逮捕、拘束されてしまいました。一番下の妹は三カ月くらいで出発前に死んでしまいましたし、父が死刑になるかどうかも分からない状況のなか、私と母はとにかく引き揚げなければということで、私は両手に妹を連れて、母は父の荷物まで一緒に背負って塘沽(タンクー)の町まで二週間かけて歩きました。銃撃を受けながら、ろくなものも食べられない状況での過酷な「行軍」だったのです。

 幸いなことに、父は共同経営者だった中国人が「鈴木(リンムー)先生は日中のためによくやってくれた。鈴木先生をこのまま殺したら、子々孫々から恨まれる」と一所懸命動いてくれたので刑を免れ、港で合流することができ、何とか一家で日本へ引き揚げてきたのです。

 〈テレビ局の「自主規制」〉

 命からがら日本へ帰った私は、その後大学へ進学し、TBSに入社しました。仕事が忙しく、その後中国を訪れることもなく、日々の生活に追われて天津での日々を振り返る暇もなかったほどでした。社会部で仕事をしているなかで、ふと気がついて周りを見渡したときには、「虐殺はなかったんじゃないか」ということすら言えない雰囲気が出来上がっていました。それがテレビ局の「自主規制」なのか、自虐史観を刷り込まれているからなのか、はたまた中国の謀略にかかってしまったからなのかは分かりません。

 局にいる間はこのことで揉めたこともありましたが、TBSを卒業してからは「もう何を言ってもいいだろう」ということで、講演などでも自分の経験からのお話をさせていただいてきました。それでも、雑誌やテレビが「私が経験から南京大虐殺などなかったと思う理由」について取り上げてくれたことは一度もありませんでした。

 以前、日本テレビ系列の『オジサンズ11』(〇七年十月~〇八年九月まで放映)という番組に出演していた時に、制作プロダクションから「何か番組で取り上げるテーマはありませんか」と聞かれたので、映画『南京』を取り上げてはどうか、と提案したことがありました。

 この映画は他の局で放映されたことはないし、これまでの「南京」のイメージが覆(くつがえ)る。南京の真実が伝わるだろうと思ったのです。プロダクションのスタッフが話に乗ってくれて、私は本当に嬉しかったんです。「これで真実が全国に広がるきっかけになる」と思っていたのですが、会議で上の人間から何か言われたのでしょう、有無を言わさず却下されてしまいました。その後はスタッフが私を見る目が変わり、目が合っても顔を背けるようになってしまった。非常に悲しかったですね。

 報道に携(たずさ)わる以上、「真実」に近づき、「真実」を伝えることが使命だと分かっているはずです。にもかかわらず、「検証」すらせず、中国のプロパガンダ、「嘘」に加担し続けるというのは、報道人としての風上にも置けません。すでに中国の手が回っているのかもしれませんが、「真実」を伝えることが報道に携わるものとしての、いや人間としての務めではないでしょうか。

 〈日中の未来のために〉

 「南京大虐殺」のような「嘘」があるかぎり、日中が手に手を取ってやってくことはできません。日本と中国は永遠に隣同士ですから、その関係を悪化させる中国の反日プロパガンダ、反日教育はたださなければなりませんし、このような状況は日本にとっても中国にとっても、「最大の悲劇」としかいいようがありません。

 私にとって、中国は「第二の故郷」なのです。その中国の方々が、このような「嘘」を永久に教え込まれ続けるとすれば、本当に悲しいことです。映画『南京』の冒頭には、このような字幕が流れます。「我々の同胞が一つになって闘った数々の光輝ある歴史の中でも南京入場は燦然(さんぜん)たる一頁として世界の歴史に残るだらう。その日の記録としてこの映画を我々の子孫に贈る」。

 我々は、どんなに時間をかけても「南京大虐殺は真実ではない」と伝えていかなければならない。それが「我々の子孫」……つまり日本人の未来のためであり、中国人のためでもあるのです。 

 筆者 鈴木史朗(引用ここまで)

南京大虐殺の「歴史の真実」を明るみに出して欲しいと思います。

そして、歴史の真実を広く多くの日本人、そして、中国の方にも本当の歴史を知ってもらいたい。

韓国の慰安婦問題もですが、やってもないことをやったとでっち上げ、反日教育で育った者たちが、日本人というだけで憎み「日本人には何をしてもいい」という感情を持っている。

日本人にも、国の歴史にも政治にも興味のない「自分の幸せ」しか頭にない連中もいますから、中国や朝鮮にも、マトモな人はいます。

しかし、中国、韓国(在日)は圧倒的にマトモでない人間が多いという事実を、脳内お花畑な方にも知って欲しいと思います。 

日本の仏像を破壊し、日本女性をレイプし日本人を殺すことに躊躇することがない存在が、隣国(または、日本に入り込んでいる)にいます。

国内で起きている事件には、外国人(韓国・中国の割合が非常に高い)による犯罪が後をたたない。

そして、歴史を捏造する中国・韓国のみならず、この国でも左翼や朝日新聞などによって、現在に及ぶまで事実に基づかない「中傷」と「不利益」を被っている。

そういう事実を、全ての人に知って欲しいと思います。
 
 
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当方が、哲学・思想カテにエントリーしていたとき、全ては愛だとか、許し合う心があれば世界は平和になるという脳内お花畑な連中の「寝言」の多さに驚愕したものです。

そういう「寝言」は、紛争地で語ってこそ意味があると思います。

まぁ
紛争地では、能天気に愛や平和を語る前に命を落としますが…性善説的なことをいう連中は、歴史を学んでいないか歴史にいっさい興味がなかったといえる。

こういう連中は、SEALDsと同じなんでしょうね。

当時、彼等は「敵国が攻めてくるというのならとことん話して酒飲んで遊んで食い止めます」という迷言を吐いた。(その寝言を聞いて、やってみろよと思ったのは、私だけではないはずです。)

そんななか、中心メンバーの奥田が、自分や家族に向けた殺害予告を受けて、それまで散々毒づいていた警察に慌てて駆け込んだ。 

この世には、話し合っても分かりあえない北朝鮮のような連中もいるし、話し合う機会さえないこともあります。


戦争が起きれば「寝言」をいってる暇はない。

家に鍵を掛けずに過ごせば、間違いなく空き巣か強盗が入る。

戦争反対や愛を叫ぶ「言葉だけ」の連中や「理想だけ」を夢見るのは、物事の本質を無視している。

人類の歴史は、幾度となく戦争を繰り返し血と涙を流している。

世の中は、綺麗事などでは済まされない。

日本は、2つの原子爆弾を投下され、
広島市の人口35万人(推定)のうち9万~166千人が被爆から24ヶ月以内に死亡。

長崎市の人口
24万人(推定)のうち約74千人が死没、建物は約36%が全焼または全半壊した。

広島、長崎だけなく、都市部や軍需工場があった町は、全て焼け野原になった。

戦後も、国内では形容し難い悪辣で残虐非道な行為が横行した。

これは、日本に限ったことではなく、敗戦国側の人間は、非人道的暴行・陵辱を受けた。

そこには、人としての尊厳も命の尊厳もない。

先人たちは、そのように陰惨で悲惨な中、前を向いて諦めず復興させていった。

そこには、希望を捨てない不屈の精神があった。

戦争だけでなく、自然災害や手抜き工事などの人災に至るまで、
人は、困難苦難を乗り越えるたび強く逞しく成長してきた。

今ある現実とは、そ
のような先人たちの意識が作り努力の結果として実現している。

北朝鮮の核・ミサイル開発の手を縛り、放棄させることが何よりも大切だ。(←日本共産党、志位)とか、戦争反対!平和だ!愛だ!と綺麗ごとだけ並べる「寝言」「寝ていうものだ」と思いますね。


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当方が哲学思想カテにエントリーしていた頃「幸せになろう」とか「幸せになりたい」という記事がやたら目につきました。

そして「あなたが今不幸なのは、後で楽しい体験をするため」やら「傷つく嫌な経験は、後で幸せを感じるためです」というペテン師の多さにも驚く日々でした。

宇宙やら潜在意識で幸せになろ〜!という、アホくさいビジネスが日本で成り立っているのは「平和ボケ」だなと思ったものです。

今日、生きられるかどうか分からない人々や今日、食べ物にありつけるか分からない人に同じことが通用しないからです。

心理には、共感トリックというのがあります。

人間の脳は、マルチタスクではないので、感情が優位に働いていると冷静に物事を判断することができません。

感情に訴えて持っていく方法は共感トリックに限らず誘導するために使われる詐欺の常套手段です。

一般的に女性は男性より共感性が高いためにこの手の詐欺は女性が引っかかりやすい。

幸せになりたい方は「不幸」だと思っているため「幸せになるための不幸」といわれれば安心するし、期待もする訳です。

この手のビジネスをしている連中は、自分も昔は不幸だったが「これで幸せになった!」といい出すんですね。

幸せというのものは「誰が決める」ものだろう?

食事ができること。仕事があること。家族がいること。健康であること。それは、不幸だろうか?

幸せになりたい方は、自分のことで精一杯で世の中のことにはまるで関心がない。
 
これも、ナスシシズムの表れですけどね。 

日本に住んでいるというのは、とても恵まれています。

世界には、小学校さえ行くことができず路上で暮らす子供たちがいて劣悪な環境下にいる。

紛争地では、兵士としてしか生きていく手段がない子や、浚われて兵士にされる子もいる。

民族問題や宗教問題を抱えた国では命を奪われることなんて日常的にある。

・児童死亡率 3万3千人/日
(栄養、医療などの不備で死亡)

・地雷によって負傷する児童 約70人/日
(20分間に1人)

・戦争、紛争で死亡した児童 
冷戦後10年間で200万(大人の戦士より多い)

負傷した児童 500万

家を失った児童 1200万

こういう子供にいえるだろうか?

私は「不幸です、幸せになりたい」と。 

また、依存心と不安につけ込み商売する連中は、そういう子供にいえるだろうか?

目の前で、親を殺され、あるいは犯され、助けを求め、泣き叫んでも誰も来ない。

彼等にいってみろよ、と思いますね。

彼等が聞いたら、何と答えるだろうか?幸せになるために、お母さんが目の前で犯され、お父さんが殺されたんだ。

幸せを味わうために、今不幸なんだ!と、そう思うだろうか?

日本も、戦中、戦後は、生きるだけでも大変でした。

特に戦後の引き揚げにおいては、朝鮮半島で虐殺された日本人は、17690人もいる史実があります。

心のビジネスをしている連中の寝言は、平和だから騙れる訳で、戦禍に巻き込まれたら、そんな詐欺まがいのビジネスなど成り立たない。


(お知らせ) 
政治・社会問題→保守に変更しました。


 
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自制・克己によって、激流もおし流すことのできない島をつくれ。

ブッダ 真理のことば 感興のことば 中村元 訳 岩波文庫

自制・克己というのは、言葉にするのは簡単ですが実際には難しいことです。

ブッダは自制の難しさを「他人に教えるとおりに自分でも行え。自分をよくととのえた人こそ、他人をととのえるであろう。自己は実に制し難い。」と説いています。

スッタニパータでも「自己を制して悪をなさず、 若いときでも、 中年でも、 聖者は自己を制している。この世の「激流」に、おし流すことのできない「島」になれ。」と説いています。

日本は、国を内側から破壊しようとする逝かれた連中(在日・左翼・マスゴミ・民進党など)と、国や政治に全く関心のない連中(スピオタ)という責任転嫁と耳触りの良い言葉を並べるだけの詐欺師で溢れている。

こういう連中の増殖は、日本を危機的状況へ招いていく。

支那は、この国を根刮ぎ奪おうとしています。

手始めは沖縄、尖閣です。

支那が侵した蛮行の歴史を知る方には説明は不要ですが、この国をウイグルやチベットのようにしてはならない。

日本を愛する人は、事実を捻じ曲げ捏造された情報を歴史的事実と比較し物理的証拠を探し出し手間をかけて記事を上げています。

こういう「人」たちに、私は「島」を観る思いがしています。

人生は積み重ねであり、知識もまた積み重ねです。

日本人は、権利だけ主張し義務は果たさない(蓮舫のような)メンタリティになり下がってはいけないと思います。

昨年「保育園落ちた日本死ね!」という言葉に乗っかった母親がいたことは大変残念に感じました。

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冷静な判断ができたなら「保育園落ちた、日本死ね」をガソリーヌが騒ぎ立てる前から、待機児童問題の改善に向け議論が交わされており、対策が実行されていたことを調べられたと思います。(以下参照)

http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/meeting/promote/se_5/siryo2_5.html

権力を欲する連中や支配を好む輩は「人々の不満」を利用しようとするんです。

仕事と子育ての両立は言葉で表現できるほど簡単ではないと思いますが、マスゴミの偏向報道や民進党などのパフォーマンスに踊らされない、激流に流されない「島」であって欲しいと願います。まぁ、時事に関心のある方は心配無用だと思いますが。


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先ずは、産経さんのニュースから。

日本が海上封鎖の「穴」になる恐れ 他国軍にはない自衛隊に課された制約

北朝鮮による6回目の核実験の準備が進む中、トランプ米政権の対北朝鮮政策の見直しは先制攻撃を排除していない。日本政府がその前段階での実施を見通すのが、経済制裁の一環としての海上封鎖だ。米政府は自衛隊に一定の役割を求めるとみられるが、安全保障関連法が昨年3月に施行されて以降も、自衛隊には他国軍にはない制約が課される。日本が海上封鎖の「穴」になる恐れがある。自衛隊が他国を対象とした機雷を除去できるのは、集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」と認定されたときと、機雷が「遺棄」されたと判断される場合に限られる。有事前の海上封鎖では、波間をただよい日本近海にたどり着き、米軍などの活動を妨害する能力を失った機雷を処理するのが精いっぱいだ。防衛省関係者は「たとえ朝鮮半島でドンパチが始まっていなくても、掃海活動は行うのが難しい」と話す。国際法上、機雷の敷設や除去は武力行使とみなされ、米軍などを狙った機雷を除去すれば集団的自衛権の行使とみなされる。野党などが「戦争できる国にする」と喧伝した安保法制が施行されても、海上封鎖すら満足にできないのが実情だ。(杉本康士、石鍋圭)

http://www.sankei.com/smp/politics/news/170422/plt1704220018-s2.html

北朝鮮問題だけでなく、日本の自衛隊には制約が課せられ過ぎています。

近年のスクランブル発信の多さもさることながら、自衛隊の方たちのみに責任を押し付ける国であってはならないと思います。

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平成26年度の緊急発進回数は、前年度と比べて133回の大幅増加 となる、943回でした。

これは、昭和33年に航空自衛隊が対領空侵 犯措置を開始して以来57年間で、2番目に多い回数でした。推定を含みますが、緊急発進回数の対象国・地域別の割合は、ロシア 機約50%、中国機約49%、その他約1%でした。

平成26年度の方面隊等別の状況については、北部航空方面隊が286回、中部航空方面隊が102回、西部航空方面隊が87回、南西航空 混成団が468回の緊急発進を実施しました。

西部航空方面隊を除く全ての航空方面隊等において、緊急発進回数が 前年度と比べて増加しました。ロシア機に対する緊急発進回数は473回であり、前年度と比べて1 14回の大幅な増加でした。

平成26年度としては、4四半期の5件を 含む計36件の事例について、特異な飛行として公表しました。中国機に対する緊急発進回数は464回であり、前年度と比べて49 回の増加でした。

平成26年度としては、4四半期の2件を含む計15 件の事例について、特異な飛行として公表しました。なお、領空侵犯として公表すべき事例はありませんでした。推定を含め、ロシア機の中では情報収集機、中国機の中では戦闘機に対して多く緊急発進を実施しました。(対象期間は平成2641~平成27331日)


スクランブル発進は、冷戦時代は1000回を超えていましたが、近年また急増しています。
自衛隊の取れる行動は、警告射撃は可能であっても、法律上、自衛隊による攻撃は防衛出動が発令される場合か正当防衛のみが認められています。

領空侵犯機に対して攻撃を実行するのは実質的に現場の判断ということになります。

国の安全を守る責務にありながら、こうした状況に置かれた場合、自衛隊員は各々で判断しなくてはならないというのは、個人に責任を押し付けているということです。

私達は、日本を守る自衛隊の方々に責任を押し付ける国民であってはならないと思います。
一人ひとりが国を守る者として、政府に声を上げていきましょう。 


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糖尿病患者(日本)の約95%は生活習慣が関係しているといわれており、生活習慣を改善さえすれば防げる病であるともいえます。

糖尿病の怖さは合併症にあり、高血糖状態が続くと全身の血管や細胞にダメージを与え様々な障害を引き起こす原因となります。

「網膜症」「神経障害」「腎症」を引き起こし、視力低下、失明、手足の痺れを発症。

「腎症」にいたっては、最悪の場合、人工透析が必要になります。
脳梗塞や心筋梗塞などにもなりやすいため決して甘く見てはならない病であり進行すると重篤な状態に陥ることになります。

糖尿病を予防するには、生活習慣を改善する必要があります。

加齢にも関係するため「40歳を過ぎた方」は要注意ですが、昨今20代にも増えはじめ糖尿病に年齢は関係ないといわれています。

昨年「体育の日」にスポーツ庁が公表した体力・運動能力調査の結果によれば、高齢者の体力が過去最高だった一方、30代女子が低下傾向だと明確になりました。

糖尿病予防に不可欠な運動を取り入れ、体調管理を心がけましょう。

運動はエネルギー消費量を増やすとともにインスリンの働きを高め、血糖値を正常に保つ効果がありますので、週3日以上の有酸素運動を心がけてください。
一日20分以上のウォーキングや筋力トレーニングとストレッチなどを組み合わせると効果的です。(ちなみに私は、毎朝100回スクワットを続けています)

肥満気味な方は、肥満細胞からインスリン作用を妨害する物質が分泌されるため、インスリンがうまく働かなくなるので要注意ですし、食生活を見直すこともお勧めしたいと思います。

食べ過ぎ飲み過ぎは、膵臓の働きを低下させインスリンの分泌低下の原因になります。

そして、ストレスや睡眠不足なども溜め込まないように気分転換していくことが大事です。

糖尿病は、症状が現れにくい疾患であり気づかないまま進行している人も多いといわれています。

最近では、糖質制限をされる方も多いように思いますが、糖質だけを制限するのではなく、それをカバーできるモノ(タンパク質など)を摂ることをお勧めします。

その上で、糖質制限に関する以下のブログを紹介したいと思います。
 

ドクター江部の糖尿病徒然日記

日本糖尿病学会・門脇理事長の糖質制限食批判(読売新聞)への反論(参照)

 http://koujiebe.blog95.fc2.com/blog-entry-2181.html?sp

2012年7月27日(金)の読売新聞朝刊において、日本糖尿病学会の門脇孝理事長が、スーパー糖質制限食批判を展開しておられます。すなわち「極端な糖質制限は健康被害をもたらす危険がある」との見解です。読売新聞において、紙上討論(ディベート)でもさせていただけば一番嬉しいのですが、とりあえず、私も反論したいと思います。
【門脇孝理事長(東大病院長)は読売新聞の取材に対し、「炭水化物を総摂取カロリーの40%未満に抑える極端な糖質制限は、脂質やたんぱく質の過剰摂取につながることが多い。短期的にはケトン血症や脱水、長期的には腎症、心筋梗塞や脳卒中、発がんなどの危険性を高める恐れがある」と指摘。】

ご指摘通り、糖質制限食は、高脂質・高たんぱく食になります。しかし、普通に水を飲んでいれば、脱水になることはありません。また、「生理的ケトン体上昇」と「病理的ケトン体上昇」には明確な区別があることは、門脇理事長ならご存知と思いますので、上記表現は如何なものかと思います。即ち生理的ケトン体上昇は、まったく正常で無害なものです。長期的には腎症、心筋梗塞や脳卒中、発がんなどの危険性を高める恐れがあるというコメントには、エビデンスが示されていませんし、そのようなエビデンスはないと思います。論文解釈の誤解に基づく、そのような新聞報道などがありましたが、本ブログ記事で、すでに反論しています。(中略)

 【「現在一部で広まっている糖質制限は、糖尿病や合併症の重症度によっては生命の危険さえあり、勧められない」と注意した。】このコメントにも根拠(エビデンス)はありません。スーパー糖質制限食実践で、食後高血糖と一日の平均血糖変動幅が顕著に改善しますので、酸化ストレスも大幅に減少し、理論的には動脈硬化など合併症の最大のリスクは当然減少すると考えられますが、まだエビデンスはありません。一方糖質を普通に食べて、インスリン注射や内服薬で血糖値を下げた場合は、かえって総死亡率が上昇するという明白なエビデンス(ACCORD試験・2008年)があります。つまり、現行の糖尿病治療により、血糖コントロールを良くしてHbA1cを良好に保つことは、総死亡率を上昇させるというエビデンスがあり、まさに生命の危険があることが証明されたわけです。日本糖尿病学会の先生方にはACCORD試験の(悲惨な)結果を、しっかり受けとめていただき、現行糖尿病食事療法の問題点(糖質を摂取すれば食後高血糖が必ず生じる。薬物で血糖を厳格に下げれば低血糖を生じる。結果、血糖変動幅が乱高下する。)を真摯に検討してほしいと願うものです。(後略)


当方を応援いただいている読者の皆様には健康であって欲しいと願います。

健康管理、自己管理、心の健康も、まずは「身体」からです。

食生活、日々のストレスマネジメント、そして運動を心がけてください。

  
応援ありがとうございます。


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共感心理やトリックついて書いたか
記憶にありませんが、

書いてなければまたの機会に書きますが

基本的に、女性は男性より共感しやすく
感情を持っていかれやすいといえます。

共感は、人間に備わった必要な感覚です。

ですから、共感するのは自然なことですが
可哀想では済まないこともある訳ですね。

例えば、臓器移植というものがありますが、

移植をするには、脳死と判断された誰かを
殺すという現実がある訳です。

脳死は、死ではなく脳死と判断されただけ。

臓器移植について下記を紹介しますので、
興味のある方は読んで欲しいと思います。

おそろしや「脳死」臓器移植 松本康治

1999年8月、

メルマガ『カルチャーレビュー』より
WEBいのちジャーナル)
http://www.sairosha.com/w-osorosiya.htm

物事というのは、見る方向によって

全く「違うストーリー」が出来るんです。

ですから、一方向からしか見れなかったり
近視眼的な物の見方や感情論オンリーでは
根本的な問題が見えていないといえます。

可哀想という感情論では解決しない問題は
この世に、多々あるかと思います。

難民を取り上げ心情に訴えるトリッキーな
番組も見かけますが、マジジーザスです。

20151231日〜201611日ケルンの
大晦日集団性暴行事件はあまりに有名です


ドイツの難民受け入れは、自国民の被害や
損失を無視した政策といえます。


日本には、有事の際、北朝鮮・韓国から
難民と不正入国者が日本にやってきます。

半島の人間が、朝鮮人同士の争いで日本へ
逃げ込んできたことは以前も書きました。

そして、彼等が日本で何をしたのか?
日本人に何をしたのか?

彼等は感謝しないどころか、優しい顔を
したら最後です。

彼等の当たり前は、日本人の当たり前では
ないのですから。

韓国の有名な諺があります。

「泣く子は餅を一つ余計もらえる」

だから、決して可哀想などと感情的になり
彼等を、この国に入れてはいけない。
 


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当方は、時折ナルについて書きますが、

今日は、見分け方を書いてみますね。

日本人は、謙虚を美徳とする傾向にある

ため自己評価の高い人を敬遠しがちです。

しかし、自己評価が高いからといって、

イコール、ナルシストではありません。
 
じゃ、どこで見分けるの?かといえば、

ナルシストの場合、自分への高い評価が

「自己防衛的」だというところですね。

こういう方は、無意識では劣等感を抱き

意識では優越感を持っています。

だから、偽善的で自己防衛的なんです。

ナルシストではない人の場合は、

例えば「ライバル」や、そういう相手の

力を認め相手に対し好意的に評価します。

だから、観察してると分かります。

彼等は、無意識で自己軽視しているから、

他人の些細な言動で傷つきます。

言葉に過剰に反応して激怒する。

彼等は、現実の自分を受け入れない。

だから「私を怒らせた!」という。

些細な「指摘」や「注意」に対して、

「批判」「批判」と大げさに騒ぎ立て

吹聴して回る。

相手に「悪者」というレッテルを貼り

自分は「被害者」だと激しく主張する。

レイシストを叫ぶパヨクと同じです。



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原因と結果の関係を受け入れない人は、

現実と幻想の境界がない。

だから、自分に都合の良いモノだけを

見て、自然の法則を無視している。

哲学思想カテでは、

宇宙をテーマにした引寄せなる商売が

多く驚いていた。

彼等は、宇宙に委ねたりオーダーして

宇宙からアレコレもらうという。

そして、宇宙や自然を愛だという。

とても理解しがたい…

自然には、人間が語る愛や調和はない。

暴風、豪雨、豪雪、雪崩、洪水、高潮、

津波、噴火、竜巻、台風、落雷、地震…

こうした自然の姿に愛や調和があるか?

現実を見れば明確だと思いますけどね。 

東日本大震災では、
死者15,894名、
重軽傷者6,152名、警察に届出があった
行方不明者2,561名(未確認情報を含む)

阪神淡路大震災では、
死者6,434名、
行方不明者3名、
負傷者43,792名。

自然は、多くの命を飲み込み、

人々から日常を奪っていった。

自然は、弱肉強食、食物連鎖、自然淘汰、

そこに「調和」がある。

増えれば減り、減れば増え、

消えては、また新しいものが産まれ、

何れかに傾けば、また反対に傾く。

この世の全ては、

同じ状態を保ち続けることがない。

例えば、アスリートの世界。

厳しい練習や仲間やライバルと共に

お互いを高め合う世界。

しかし、そこに、一人勝ちはない。

勝ち続けるということはできない。

それが「現実」です。



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メディアは「平均値」が個別のケースに

当てはまらないことを無視して発信する。

都合よく編集し、情報を操作する。

在日や金に傅いたマスゴミに限ったこと

ではなく、情報を正確に振り分けられる

能力がないと踊らされていく。

ダイエットの話題なんかだと、毎回毎回

引っかかる方には、いい加減、学べよと。

そう思ってしまう。
 
まぁこういう誇張したダイエット情報に

に乗っかる方は、そもそもググらない。

今はネットで、ニュースやTV番組などの

偏向報道やヤラセが沢山暴かれている。

政治、社会などは特に顕著ですね。

自民を引きずり下ろそうと画策しようと

根拠のないことを捏造し、捲くし立てる。

少し前までは、森友問題ですね。

この手の内容は、情報に敏感な方達から

笑われていることを知らないのだろうか?

メディアと「引寄せで幸せになろう〜」と

いう連中と左翼は同じ手口を使う。

伝えたい「効果のみ」を大げさに喧伝して

そうでない事実は「過度に省略」する。

あるいは、データを「削除」する。

こういうトリックは「日常茶飯事」だと

そういう目で「メディアを見ている」方は

正確な情報をキャッチしているはずです。



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